Michael Johnson マイケル・ジョンソン / There Is A Breeze

Hi-Fi-Record2007-08-08

 20歳代前半、スペインでクラシック・ギターを学んだのちニューヨークに移り住んだのが60年代の中頃のこと。この当時に盛り上がりを見せていたフォーク・シーンに飛び込み、チャド・ミッチェル・トリオの一員として活躍し、またオフ・ブロードウェイのミュージカルの舞台に立ち、主役級の役者に抜擢されると、こんどはシカゴ、ロサンジェルスなどでの公演も経験した。こうしためまぐるしい活動に疲れ、新たな道を模索していたマイケルは、1969年にミネアポリスの街で、小さな酒場のバーテンダーをしながら新たな生活を始めた。



 そうした日々の中でまとめられた作品を収めたのが、アトコからリリースされたデビュー作。ピーター・ヤーロー、クリス・デドリックなどNY系の人脈は、彼の過去の音楽履歴に目を留めたプロデュース・サイドのサジェッスションによる起用。マーク・ヘンリー作品の採用やレオ・コッキとの競演などは、ミネアポリスで暮らすようになって生まれた新たな交流を反映したものだ。



 断片的には伝えられていたものの、どうしてミネアポリスに暮らすようになったのか、肝心のところがわからず、本人にメールを書いて問い合わせたことがある。後に彼のマネージャーをつとめることになるキース・クリスチャンセンとシカゴで出会い、それが縁となってミネアポリスに暮らすようになったとの答えが、数日後に届いた。



 同作品から5〜6年ほどして、ナッシュヴィルに居を転じてから、マイケルは成功への道を歩みだす。自身の音楽のふるさととなったミネアポリスは今でも大好きな街で、先日受け取ったメールでも数日前にミネアポリスから帰ってきたばかりだと添えられていた。



 ミネアポリスの街が、マイケル・ジョンソンを蘇生させた。
 アメリカの、決して大きくはない街のもつ魅力が、そこに見いだせる気がする。(大江田信)


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