Paul Simon ポール・サイモン / Still Crazy After All These Years
ポール・サイモンとボブ・ディランが組んで、全米をツアーしたことがあった。
それを見に行った方から、ディランは演奏する曲目のセットが毎日のように変わるが、ポールはツアーの最初から最後まで同じセットを用いたと聞いた。
ふたりを象徴するような話だなと思ったことを覚えている。
一つの作品を細部まで突き詰めて行く曲作りと、それを支える頑固さと。ポール・サイモンの作品を聞いていると、そんなことを思う。そぎ落として、そぎ落として、作品として昇華したいと思っているのではないかと感じるのは、たとえばこのアルバムのタイトル曲を聞いている時だ。
久しぶりに街で出会ったかつての恋人とのひととき。懐かしいときを語り合い、ふたりはそれぞれビールを飲む。
ぼくは政治や社会などといったことを語るような男じゃない、昔風の男さ、耳の奥でささやくラヴソングに聞き惚れるほど馬鹿じゃないと言いつつ、まだまだ君にぞっこんなのさと心でつぶやいている。
数少ない言葉を用いて、印象的な風景を描く。
アーウィン・ショーの短編集のようだ。「夏服を着た女たち」のような。
夜の暗闇が訪れる前後の、ちょっとした時間に聞くのが、このアルバムには似合う。
聞いているうちにビールを飲みたくなるのを我慢して、最後まで聴き終えたら街に出る。
そしてどこかの飲み屋の片隅で、ポール・サイモンのこの歌声を心に思い浮かべる。手にビールを持ちながら。(大江田信)