Gino Vannelli ジノ・ヴァネリ / Powerful People

Hi-Fi-Record2009-03-14

 松永君は粉グスリが苦手だという。


 小学生時代、虚弱だったぼくは、よく医者に通った。クスリにあれやこれや注文をつけるなどもってのほか、粉グスリ全盛の時代でもあり、しまいに水を使って苦みを感じずにすませる飲み方を心得た。


 しかし上には上がいる。
 クラスにMさんという女子生徒がいた。隣町のお嬢さま。好き嫌いが多く偏食がちな人で、給食でよく食事を残しては、教師に一言二言、言われていた。だって嫌いなんだもん、と全く悪びれることなく、首をすくめていた。とても痩せていて、とても手足が長く、とても生意気で、とても可愛かった。ひとたびお宅にお邪魔した際には、彼女のピアノ演奏を聴かせてもらいながら、コチコチになった。
 彼女は中学からは音楽大学の付属に通った。久しぶりに地元町で出会った際、郊外駅の駅前で友達と待ち合わせ、タクシーで学校に通ってるのと聞いたときには、自分との違いにたまげた。


 そのMさんの特技が、水無しで粉グスリを飲むことだった。
 給食の終わり頃に、ポケットから粉グスリを出して、パクっと飲んでいた。なにしろ彼女は、牛乳が大嫌いだったし、給食に水は出なかった。
 毎日、ケロッとしながら粉グスリを飲んでいた。


 ぼくが会得した方法は、口に水を少し入れ、その上に粉グスリを浮かせるようにして差し入れ、さらに加えた水でクスリをくるむようにして飲むことだった。
 すると、まるでこのジノ・ヴァネリのようなことになる。
 ちょっと失敗して、うまい具合に水で粉グスリをくるむことができなかったときには、苦さが直撃する。
 そのたびにMさんは、どうして苦くなかったのだろうと、思い出すことがある。Mさんは、今頃どうしているのだろう。あの頃のように背筋をピンと伸ばして、ピアノを弾いているのだろうか。(大江田信)


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