Barbara Dane / Sings The Blues With 6 And 12 String Guitar

Hi-Fi-Record2009-11-20

The Cool School 89 お留守番


開店時間を過ぎてもひとの気配のない店の前に車を停め、
しばらく待ちぼうけを食らっていたら、
店主らしき車がずいぶんあわてた運転でやって来た。


降りて来たのは黒人の若者。
あれ? この店は白人の老人がひとりでやっていたはず。


いぶかしがるこちらを気にも留めず、
若者は鍵穴をがちゃがちゃ言わせて中に入っていった。


車を降りて
おそるおそる中に入ると
「ヨー、お客か?」と彼は訊いて来た。


日本からレコードを買いに来たのだ、
開店時間から待っていたのだ、と軽く説明をすると、
「オー、そうだったのかー、わりいわりい」と
それほどわるびれたふうでもなく彼は答え、
さらに言葉を足した。


「実はさ、
 おれは今から小一時間ばかし出かけなくちゃなんねえ。
 わりいけどその間、留守番してくんね?」


え?
ぼくたちはちょっとたじろいでしまった。
何故ならこのあたりは
決して治安がよさそうな区域には見えないからだ。


「大丈夫だって!
 外から鍵をかけとくからさ、
 誰も入って来やしねえし
 それにこれはあんたらを信用して言ってるんだからな!」


態度を決めかねてもじもじしていると
待ちきれねえよ、とばかり
彼はどこかに携帯をかけ
やいのやいのと話を始めた。


やがて話がついたらしく、
彼は電話を切った。


「おれの知り合いが来てくれるってよ!」


数分後、
彼よりずっと年配の黒人が現れた。
「こいつが留守番してくれるから、な!」と言うが早いかドアをバタン。
ブルルンとエンジンを吹かす音がして
彼はどこかへ行ってしまった。


どうも話の感じからし
彼は以前の店主だった老人からこの店を譲りうけたような感じだ。


それはぼくたちにとってはよい報せだった。
なにしろ前の店主の値段は高かったのだ。
おまけにほとんどのレコードに値札が付いていなかった。
店主に訊くと返ってくるのはとても買付にならない値段。


その店が
名前を変えて営業しているというので
もしや経営者が変わったかと見込んで
わざわざやって来たのだ。


ぼくたちの見立ては正しかった。


さあ、買うぞ!


しかし数分後、
ぼくたちは泣き顔になっていた。
この店、中身は前と一緒じゃん!


しかも値段の付いてないレコードは
どこかに行ってしまった店主が帰ってくるのを待ってなくちゃいけない。
留守番をおおせつかったおじさんは
ニコニコと椅子に座っているだけで
何も答えてくれそうになかった。


そのうち
おじさんの知り合いらしき子どもたちがやって来て
店の中でわいわいと遊び始めた。


ああ、あいつ
早く帰ってこないかな。
こりゃとんだお留守番になりそうだ。


そう腹を据えたら
不思議と笑いがこぼれ出て
しばらくの間止まらなかった。(この項おわり)


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以前に
このエピソード
バーバラ・デインのレコードのことをちらっと書いた。


その日は彼女のレコードがハイファイにはなかったのだが
一昨日から一枚出ている。


しかもジャケが凄い。
さわると切れそうな美女とは
こういう美貌のことを言うのだろう。


ショートブロンドで切れ長の目をした彼女が
ものうげな声で
マディ・ウォーターズ
「アイ・ジャスト・ウォナ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」を歌っている。


それだけでもう
たまらなくなってしまった。(松永良平


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