Duke Ellington And His Orchestra / Dance To The Duke!

Hi-Fi-Record2009-11-22

The Cool School 90 エリック その4


西海岸の
いっぷう変わったレコード店をオーガナイズする
太っちょの店主エリック。


愛すべき彼のことは
今まで何回か書いている。
順にここここここ


今回も
エリックのことを書こう。


エリックから大江田さんに
ちょっと変わったリクエストがあった。


「日本人のガールシンガーで
 アヤナ……何とかって子を知ってるか?
 ウクレレを弾きながら歌うんだが」


それひょっとして
つじあやのさんのことじゃないかなと答えたら、


「ああ、そうだ、そうだ。そんな感じだ」


彼女の曲がとても気にいったので
次回、買付で訪れるときでよいので買ってきてくれないかという。


へえ。
アメリカ人のエリックが
どうやってつじあやのさんの曲を聴いたんだろう?


「たぶん、短波ラジオだよ」


大江田さんが教えてくれた。
エリックの趣味のひとつが
短波ラジオをいじくって
世界中のいろんな放送を受信することだったのだ。


巨体の彼が(たぶん夜中に)
背中をまるめて短波ラジオの周波数をいじくりながら
不意に聴こえてきた彼女の歌声に
しんみりと聴き入るさまを
かわいらしく想像してしまった。


エリックの店から
5分ほど歩いたところに
ぼくたちのお気に入りのチャイニーズ・レストランがある。


一回その街に滞在すると
エリックの店から歩いて
ランチ休憩やディナーで二回も三回も通うものだから
ぼくたちの顔はすっかり覚えられ
その店を営む一家と仲良しになった。


アメリカに住む中国人夫婦には
この国で生まれ育ったひとり息子がいた。


ぼくが初めてこの店で見かけたときは
まだほんの少年だったのに、
いつの間にか大きく成長して
お店を手伝うようになった。


気だてのやさしい子で
客あたりもやわらかい。
父親は厨房で鍋をふるう職人だが、
彼はお客さんを給仕する方が性にあっているかもしれない。


息子は
日本のカルチャーに興味があるのだと
母親がぼくたちに語ったのは数年前のこと。


そのころは「ガンダム」とか
アニメが好きだということだったが、
何年か経つと
今度は日本のポップスが好きなのだと話が変わってきた。


やさしくてかわいい女性シンガーが好きだというので
翌年、大貫妙子さんのCDをぼくたちでプレゼントした。
とてもよろこんでくれたので
来年は何にしましょうねと考えたりしていたのだが、
翌年の話題は
今度、車を買うのだという方向に転がっていた。


そうだった。
アメリカでは
運転免許は16歳からOKなのだ。
そのせいもあって
彼らは思いのほか早くおとなになってゆく。
思春期の趣味とのお別れは
あっという間にやってくる。


チャイニーズ・レストランからエリックの店への帰り道、
50歳を超えて
つじあやのさんの歌声に魅了され
その入手を遠く夢見ているエリックのことを
すこしせつなく
そしてとても大事に思った。


リクエストを受けた翌年、
つじあやのさんのCDは
無事にエリックの手元にわたった。(この項不定期につづく)


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こないだの買付のとき
コアなジャズ・マニアらしき男性が
このレコードを手にしていた。


「あ!」と思い、
頼むから手放せ、手放せ、と心に念じた。


エリントンのジャケに
こんなにかっこいいイラストの作品があったなんて
ぼくは知らなかったのだ。


念が通じたのか、
それとも趣味に合わなかったのか、
そのひとはすっとこのレコードを棚に戻した。


ぼくがそれを手に取ったのは
まだレコードが棚の下に着いて「コトン」という前だったかも。
あやうく横取りというタイミングで、
このレコードはハイファイにやってきたのでした。(松永良平


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