Chet Atkins チェット・アトキンス / First Nashville Guitar Quarte
ハイファイのレコードのコメントは、スタッフ自身で書いている。調べられるデータはなるべく調べるよう努めるし、そういうデータがレコードを楽しむ上で有益な場合があることを認めた上で、やはりぼくはこういうコメントを素晴らしいと思う。
Chet Atkins チェット・アトキンス / First Nashville Guitar Quartet, The
「Someday My Prince Will Come」絶品です。
音楽なんか聴きたくないほど疲れてしまった晩には、こういうレコードが必要です。言わずとしれた名手チェット・アトキンスを囲み、インティメイトなソロ作もあるジョン・ノウルズ、美人クラシカル・ギタリスト、リオナ・ボイドらアコースティック・ギター4本でジェントルにスイングする和み盤。心洗われるような「Someday My Prince Will Come」、絶品です。
「音楽なんか聴きたくないほど疲れてしまった晩には、こういうレコードが必要です」という一行に胸をぎゅっと掴まれた。
こんなことを考えていたからだ。
楽しい話をしていて楽しいだろう、好きな落語をやれてどんなにいいだろうと言われることがあるが、芸事となるとそれはなかなかに苦労の多いもので、楽しいとばかりは言っていられない。こんなネタを噺の枕にとある落語家が使っていた。
ボクは、妙に納得した。日々の練習は大変だろうし、人前で落語を演じることも、プロとなると楽しいとばかりは言えないのだろう。この先、そんな楽しくなんか無い日常を迎えることが分かっているからこそ、日々の精進が明日を作るとか、芸の道を究めるとか、名人への道は険しいなどといった主旨の言葉が、用意されているのではないか。
その種の言葉が励ましと聞こえるうちは、まだまだ芸事の道を歩くことが出来るのかもしれない。楽しいことなんて無い、すべてはつらく苦しいことばかりになってしまった時には、その道を選んだ落語家は、どう対処するのだろうか。
そんな気持ちを持ちながらハイファイのサイトを見ていた。そして「音楽なんか聴きたくないほど疲れてしまった晩には」という言葉に巡り会ったときに、ぼくは、ほっとした気持ちになった。
そう、音楽なんか聞きたくないほどに疲れることもある。あっていいのだと、この文章の著者は言っている。
チェット・アトキンスのギターの音色が、かたくなな心に柔らかい。
疲れてしまった気持ちには、大仰な音楽は届かないのかもしれない。
上記のコメントを書いたのは、ボクではない。ハイファイの仲間だ。だからボクのこの賛辞は、内輪ぼめである。
しかし、もう一度、書く。とても、良い文章だと思う。読みながら、今一度、ぼくは音楽を聴いた。(大江田 信)