Uncle Walt’s Band / An American In Texas

Hi-Fi-Record2010-04-16

The Cool School 149 よっぱらい


かつてはヒッピーたちのメッカとして栄えた
カリフォルニアの海のそばの街。
今そのあたりは文化的にリニューアルされ、
ヒッピー世代の気分をたたえながらも
小粋なブティックや雑貨屋、カフェが建ち並んでいる。


その一画に店はあった。


古本屋とカフェが合体したつくりで
奥に仕切られたスペースにレコードが少々。


店内を縦に切り分けるように壁柱があり
その両サイドには
ヒルでユーモラスな標語を書いたアートボードが飾ってあった。


古本は
いわゆるセレクトもので
どれもかなりセンスがよく
そしてそれなりの値段がついていた。


それでも客にマナーを強いるような感じではなく
お店の中はしごくリラックスした空間だった。
常連客だろうか。
ビール瓶を片手に持った若者がひとり
女の子に話しかけたりしながら店内をうろついている。


中古レコードにはたいした収穫はなかったが、
新譜の中にシモーヌ・ホワイトの「ヤキイモ」というアルバムの
アナログ盤があった。


出て間もない作品なので買付にはならないが
このアルバムが好きなので
お小遣いで自分用に買うことにした。


レジに持っていくと
店員の女の子がけげんそうな顔をした。
値札は10ドルになっているのだが
それがどうもおかしいようなのだ。


「ヘイ!」


その声の行く先におどろいた。


彼女が声をかけたのは
さっきから店内をゆらゆら徘徊しているよっぱらいではないか。
どうやらよっぱらいは
この店のオーナーらしかった。


「うーい」


絵に描いたようなよっぱらいぶりを見せつけながら
たっぷりと見栄を切る歌舞伎役者のように
男はぼくに近づいてきた。


そしてレコードを見るとこう言った。


シモーヌはおれのダチなんだ、知ってっか?
 そんでおれは彼女から10ドルでこのレコードを預かってるわけ。
 だから、これは10ドルじゃ売れな〜い。
 ただしい値段は20ドルだ」


最後のセリフだけは
よっぱらいの冗談じゃないことを示すために
やけに真顔で力をこめて。


「何だよ、それ」という思いが
口に出しこそしないがぼくの顔に出たのだろう。
「まあ待て」と彼は言葉を継ぎ足した。


「おれの本をやるよ」


そう言って彼は別のカウンターに行き、
そこに積んであった本を持ってきた。
それは一冊のアートブックで
さっきから壁にかけてあったユニークなアートボードをまとめたものだった。
これは彼の作品だったのか。


正直言って
すごくうれしいプレゼントではなかったが
「値札が違ってたのはおれがわるかった」という謝罪の言葉の代わりに
照れくさそうに本を渡してくれた彼の態度には好感を持った。


結局
ぼくはお店で売っていたコーヒー豆も
いくつか買い足した。


しかし
こんなに品のいい店なのに
店主があんなによっぱらってるなんて
不思議な経営感覚じゃないか。


そう思っていたら
一ヶ月もしないうちに
アメリカの友人からメールが届いた。


あの店、閉店しちゃったんだって。


ああ、
ひょっとしてあの日の彼は
もうそうなることを知っていて
よっぱらわずにはいられなかったのかも。


店で買ったコーヒー豆は丁寧にローストされたもので
とてもおいしくいただきました。
閉店の報せを聞いてから
ちょっと苦みが増した気がしたけど。(この項おわり)


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アンクル・ウォルツ・バンドの映像を
某有名動画サイトで見ることが出来ますよと
お客さんに教わった。


短いものだが
それは本当に素晴らしいものだった。


このレコードで鳴っているそのままを
さりげなくやっている。
そのさりげなさが現実だったということが
とても尊いなと
しばし時間を忘れた。(松永良平


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