Caravelli カラベリ / Rainbow
昨年の11月にカラベリの奥様、マダム・イヴォンヌが亡くなったことをつい最近になって知った。90年代になってから日本でのコンサート・ツアーをプロデュースしてきたスタッフに、息子のパトリックから一報が入った。
しばらくして、カラベリ本人とも話す機会があったという。カラベリは、電話口では泣いてばかりだったらしい。カラベリが奥様と仕事場で一緒にいる様子を知る者には、彼の悲嘆ぶりが目前に浮かんで来る。さぞかしつらい思いをしていることだろう。
オーケストラ一行が到着する数日前、カラベリは、奥さんのマダム・イヴォンヌと一足先に来日する。メンバーが到着してリハーサルを終え、ツアーが始まる。スタッフに聞くところによると、音楽に一生懸命なあまりに我がままになってしまうムッシュを、マダムは時に鋭く叱責したらしい。また顔を真っ赤にしたムッシュから叱りつけられたスタッフの手を、マダムがツアー・バスの中で静かに握ってくれたとも聞いた。
これといってマネージャーのような仕事をしているわけでもなく、ことさらにかいがいしくカラベリの世話をしているようにも見えなかった。マダム・イヴォンヌは、いつもカラベリの隣に座って静かに微笑んでいた。
コンサートの際に、マダムが座る席は、いつも決まって会場の半ばほど、ステージに向かってやや左だった。スタッフが用意した席に座ってコンサートを聴き、終わると静かに席を立って楽屋に戻っていた。
もちろん音楽家はお客様のために、自らの音楽を披露するものだ。そして喜びを得る。
そのようにして音楽をする気持ちの何十分の一くらいを、客席に座る妻に向けて送り届ける。あるいはそこに妻が座っていることが、彼の音楽の支えになる。繰り返し、繰り返し行うコンサートの会場に、決まって座っていてくれる人。
そういうことがある、ということが、ボクにもわかる。(大江田 信)