The Ray Charles Singers / In The Evening By The Moonlight
ジョセフ・ランザ著・岩本正恵訳「エレベーター・ミュージック/ BGMの歴史」を、久しぶりに引っ張り出して読む。
考えてみれば、まだ全体をきちんと読んでいなかったような気がする。パラパラと何となく読むだけで楽しく、そこからまた横道のそれてしまうからだが、そういえば今回もふと興味深い一言に目が止まった。
レイ・チャールス・シンガーズを主宰するレイ・チャールスが、コーラスを録音するときのポイントを、次のように語っている。
「恋人のように、ほんの五、六十センチのところの人に向かって歌うつもりで―これが私の歌唱理論のすべてだ。私に向かって声を張り上げるな!あらゆるコーラスは、複数の声からなる私自身の延長なのだ」。
この後に「レコーディングの初日にエンジニアと大論争になった」と続く。チャールスが求めたのはソフトなささやくような音だった。そんな音は、レコード表面のノイズに消されれて聞こえないとエンジニアは言ったという。「それを解決するのが、君たちの仕事だろう」とチャールスは応戦する。
「ニューヨークの歌手たちは難しかった。ソロで歌うために勉強して来たものがほとんどで、時として悪い教師の影響を受けていた。カリフォルニアの人たちは歌の勉強をしてこなかったから、もっと自然にスタイルを作れた」。コメントはこのように続く。
いつ頃の発言なのか、はっきりとは書かれていないが、おそらく1950年代後期頃に、自身名義のコーラス・アルバムを作り始めた頃のことだろうと思う。エンジニアの発言が、いかにも民生用オーディオがスタートしたばかりの時期を背景にしている。
レコードを聴く時には、歌い手、あるいは演奏家がマイクの向こうの聴衆をどのように想定しているのか、聴衆はどこかしら感じ取っているものだ。
この時代にポップ・コーラスを聴かれるシチュエーションを想定してみると、「恋人のように、ほんの五、六十センチのところの人に向かって歌う」というのは、なんとも言い得て妙の指導と思う。
お勉強じゃないのだから。聴衆は、親しみをもって心に響く言葉とメロディを欲しているのだから。
コマンド・レーベルからリリースする「アル・ディラ」が大ヒットする以前、デッカ在籍時代の作品。まだ「ふんわりとロマンチック」(by ジョセフ・ランザ)な雰囲気を残している頃のアルバムだ。レイ・チャールスとエンジニアの会話を思い起こしながら耳を傾けると、ひと味違う聞こえ方がするような気がする。(大江田信)
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