an Whitcomb イアン・ウィットコム / Under The Ragtime Moon

Hi-Fi-Record2006-11-08

 車のラジオのスイッチを入れたら、中条きよしの「うそ」が流れてきた。銀座のクラブのママをしていた山口洋子さんが、ホステスさんの相談事をそのまま歌詞にしたものと、アナウンサーが解説を加えていた。
 イントロに続いて「折れた煙草の 吸いがらで あなたの嘘が わかるのよ」と歌が始まる。男性の心変わりを予感している女性の愛のせつなさが歌われる歌詞は、「女がほろりとくるような 優しい嘘の上手い人」と結ばれる。


 歌詞の主人公は女性だ。歌う中条きよしは男性。このパターンの歌謡曲って、案外と多い。細川たかし前川清も、歌っている。
 かつてレコード会社に勤務している頃には、こういうレコードはホステスさんが買うんだと説明された。
 だとすると歌詞の主人公は「女性」。歌手は「男性」。聴き手は「女性」となる。
 この性の関係が、いまだに不思議でならない。


 歌詞上の主人公の性と、歌手の性の転換がアメリカのポップスに見いだせるのかどうか、きちんと調べたことは無いのだが、ただし Him が単に「彼」を差している訳ではない歌には、何度も出会った。
 最近もリトル・ペギー・マーチの大ヒット、「I Will Follow Him」の歌詞を読み直して、いささかビックリした。
 「Him」がどこにいるとしても、私は「Him」を愛します、そして追い求めます、と彼女は歌う。この「Him」とは、神のことである。判りやすくいえば、この歌はゴスペルだ。リトル・ペギー・マーチが13歳の時、1963年の全米1位の大ヒット曲。う〜む、そうだったのか、だから「you」ではなく「Him」だったのか、と改めて気付いたのだった。



 アメリカのポピュラー音楽には、幾本かの大いなる地下水が流れている。その一本が、ゴスペル。正確に言えば、ゴスペルは黒人霊歌の事を差すので、キリスト教宗教音楽の全般を差す場合は、レリジャス・ミュージックと言う。



 イアン・ウィットコムの音楽を聴いていると、もしかしてポップ・ソングとは、レリジャス・ミュージックから最も遠い音楽ではないか?なんて、思ってしまう。フラダンスを踊るハワイの女の子に夢中になっちゃってさぁ、オレ、ワイキキの浜辺でぼぉっとしちゃってさぁ、なんて戦前の白人的趣味丸出しの歌を聴いていると、思わずくすくす笑ってしまうのだ。イアン・ウィットコムのひょろひょろした情けない声に、とてもよく似合うんだもの。(大江田信)


Hi-Fi Record Store