Laura Nyro ローラ・ニーロ / New York Tendaberry
買付をしているとき、
レコードを見つけて
本当に息が止まりそうになったことが一度だけある。
息が止まるだけでなく、
そのままそのレコードを抱えて、
どこかに逃げ去ってしまいたいとさえ思った。
それが、ローラ・ニーロ「ニュー・ヨーク・テンダベリー」の
ウワサにしか知らなかったジャケ違い盤。
(写真はもちろん現行盤のものです)
初期プレスに封入されていた歌詞ブックレットをご存じの方なら
あそこにアパートのベランダと思しき写真が
あしらわれていることがわかるだろう。
問題のジャケ違い盤は、
そのベランダにひっそりと彼女が座っているというデザイン。
よく知られたこのモノクロのポートレートとはまったく違う。
女性の強さ、業の深さを感じさせる現行のジャケとは違い、
ベランダにぽつんといる彼女は
誰かがそばに行って抱きしめてあげていなければならないという
気持ちにさせられる。
あのジャケで聴くか、
このジャケで聴くか、
そのどちらかでアルバムの印象は随分変わるはずだ。
そして、最大の謎。
このジャケ違い盤が何故市場に流出したのか。
プロモーション盤の段階で
本来予定されていないジャケが出回ったという説も考えられるが、
それは却下したい。
現在確認されているこのジャケット(日本国内にも数枚あるはず)は
ハイファイ周辺で確認した限り(といってもわずか2例)、
すべてレギュラーコピー(プロモ盤ではない)で、
しかもオリジナルの360°ステレオ・ラベルではない。
初期プレスに付いているはずの歌詞ブックレットも無い。
つまり、初回プレスが売り切れて、
追加プレスが要請された際に、
アメリカのどこかの工場で間違って
コンペに破れて廃棄されたはずだったジャケットが
使用されたのではないかという説だ。
いずれにせよ、これは工場レベルのミスであって、
真実はもはやレーベルの関係者に訊いたってわかりはしまい。
つきとめたから、どうだっていうのさ、の世界である。
ただ、ベランダにたたずむローラ・ニーロを印刷した
「ニュー・ヨーク・テンダベリー」は確実にこの世の中に存在する。
そして、ローラ本人なのか、デザイナーなのかわからないが、
誰かがそのジャケこそ、このアルバムにはふさわしいと主張して
コンペの最後まで争っていたということだ。
でなければ、わざわざ印刷までされはしない。
もう一回どこかで見つけたら、
そのときは本気でレコード抱えて
逃げ出してしまうかもしれないな。(松永良平)