Chris Kenner クリス・ケナー / Land Of 1000 Dances

Hi-Fi-Record2007-04-02

大学のころ、バイト先の先輩に連れられて
その店ののれんをくぐった。
正確には“のれん”は無くて、細い階段を2階へと上ったのだ。


お店の名は「ギャングスター」と言って、
看板にはギターを背中に回して弾く黒人の絵があった。
「T・ボーン・ウォーカーって言うんだ」
先輩はそう教えてくれた。


先輩の大好きなブルース・バーであった。


カウンターとふたつほどテーブル席があるぐらいで
店は非常に狭いと言っていいものだったが、
驚くことに、このスペースでライヴもやるのだという。


お店の主人はジョニーさん。
外人ではなく東北なまりが少しあるおじさんだった。
ぼくが思い浮かべていたような
「ブルースってのはよう」みたいなことをのたまう
頭の固そうなおやじではなく、
何だかひょうひょうとしたひとだった。
中国の奥地にある川で船に乗って
漢詩でも読んでるひとみたいな感じ。


ブルースの世界はまだよくわからなかったが、
先輩と何度か通ううちに、お気に入りのメニューが出来た。
それはジョニーさんがニューオリンズで覚えてきたという
辛口豆ごった煮シチュー。
その名もスパイダー・シチュー。


辛くて辛くて酒が進む。
おかげで、スパイダー・シチューを頼んだ日は
いつもヘロヘロになって帰っていたように思う。


しばらくして、
ジョニーさんは店を譲って田舎に帰ることになった。
もう一度、スパイダー・シチューを食べておかないと。
そう思って駆けつけたのだが、
あいにくその日は売り切れだった。


それ以来、ぼくにとってあの味は幻の味となった。


ニューオリンズ伝統のガンボ・スープとやらを
ぼくはまだ飲んだことがないが、
おそらく、あのスパイダー・シチューは
かなり近いものだったのではないだろうか?


ニューオリンズのシンガー、クリス・ケナーは
何を隠そう「ダンス天国」のオリジネイター。
曲を書いたのもケナー自身。


このオリジナルを聴くと、
ウィルソン・ピケットみたいな、
ぐいぐいとかっ飛ばしてゆく感じはあまりない。


むしろ、ニューオリンズという鍋に
ボニー・モローニもマッシュ・ポテトも何でもかんでも
新種のリズムを放り込んで
ガンボ・スープにしてしまったようなところがある。


つまり、この音のガンボ・スープはすべてを飲み込んで出来ているのだから
どんなリズムやサウンドが出てこようが自分の中に取り込んでしまう。
それすなわち最強なのだ。
ケナーは、ひょっとしてそういうことを言いたかったのかもしれない。


そして、昨日この曲を聴いていたら、
スパイダー・シチューの幻が
唾液とともによみがえってきたのだった。(松永良平


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