The Anita Kerr Singers アニタ・カー・シンガーズ / Slightly Baroq

Hi-Fi-Record2007-07-21

 その昔、中学生の頃、バロック音楽が好きだった。いや、好きになろうとした。
 なにしろ伊丹十三さんが、著書「女たちよ」のなかで、バロック音楽が好きと書いていた。憧れていた人が好きな音楽を聞いてみたいと思った。バロック音楽が似合う人は、頭のいい人だと思ったのだ。



 ひとしきりバロックを聴いてみて、こんどはその伝で、ジャズ・トリオのフォーマットでバロック周辺の音楽を演奏するジャック・ルーシェやオイゲン・キケロ、そしてまた少し広がってモダン・ジャズ・カルテットやスゥイングル・シンガーズを聴いた。



 しばらくするとバロック音楽そのものは、足し算の積み重ねによる数学的で建築的な美学に一貫していることに気付き、そうなると今度はとてもわかりやすい音楽だと思うようになった。
 今の時代の耳で聴けば、その響きは禁欲的に聞こえるのかもしれないし、そうした涼やかさが、クールに感じさせるのだろう。



 アニタ・カーのこの作品は、ちょっとバロックというタイトル通りに、バロック風味をちりばめたポップ・メロデのソング・ブック・アルバムだ。
 一つ例を引こう。
 トム・ジョーンズのオリジナルで知られる「よくあることさ」。
 ファースト・コーラスは、スクエアに四分音符的なフレージングでメロディをトレースする。
 セカンド・コーラスに移行する辺りで少しずつリズムがシャッフルし始めて、こんどはシンコペーションを加え見事にフェイクするフレージングでコーラスする。
 ファースト・コーラスは、バロック流。セカンド・コーラスになるとジャジィなバロック。この展開が見事だ。


 同時代のポップスやジャズにバロック風味のトレンドがあったのだろう。アニタ・カーなりの回答が示されているアルバムだ。
 バロックに身を寄せつつ、さらなる場所に羽ばたいていく。それが素晴らしい。すぐれたアレンジの楽しさを知る一曲であり、アルバムだと思う。(大江田信)


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