Ian And Sylvia イアン&シルヴィア / Play One More
アメリカでレコードの買付をする時には、もちろん販売用のレコードを買うことが目的だが、同時に山ほどのレコードを試聴することでアメリカのポップスの歴史を実地に学ぶ時間でもある。レコード店では、聴いてみたいと思うレコードのすべてを、ほぼ聴くことが出来る。
かねてからフォークからフォーク・ロックへの道筋に興味を持っているので、関連していると思うレコードは手当り次第に聴いている。
そうするうちにフォーク・ロックのサウンドを形作ったのは、フェリックス・パパラルディだと思うようになった。もちろん彼ひとりで作り出したのではないが、フォーク・ロックがオーバーグラウンドになる間での黎明期には、ブルース・ラングホーン、ジョン・セバスチャン、ビル・リーといったバックアップ・プレイヤーたちの輪の中心に彼がいた。
わかりやすく言ってしまえば、フォークのレコードの多くは、グリニッジ・ヴィレッジで演奏されていたスタイルを、スタジオで再度パッケージングしたものだ。ライヴ・レコードという意味ではない。グリニッジ・ヴィレッジの様々なライヴ・ハウスで演奏されていた音楽のスタイル、サウンド、音色、空気などを思い返しつつレコーディングする、そうした作業がスタジオで行われた。ヴィレッジで演奏される音楽の状況が、発想の根っこになっている。
グリニッジ・ヴィレッジのホットな様子が伝えられるにつれ、シカゴやマイアミやサンフランシスコやロスアンジェルスやデンバーに、同様のフォーク・クラブが出来る。各地のクラブのスターが、地元のレコード会社からレコードを発表する。そうして発表されたレコードには、当然ことながら地元クラヴで演奏されていた時の雰囲気、その街のフォークの状況が映り込むことになる。
フォークとは、そういう風にしてレコードに反映されていった音楽だ。
結果としてフォークのレコードは、状況に少し遅れつつシーンのドキュメントをしていった。
この点では50年代から60年代にかけての、ジャズクラブでの生演奏の現場とレコードとの関係に似ている。
フェリックス・パパラルディは、グリニッジ・ヴィレッジのクラヴの生演奏の現場で、引っ張りだこだったベーシストだ。ジョン・セバスチャンとともに数多くのアーチストのバッキングをした。
フォーク・ロックの試みをアルバムすべての作品で行っているケースはなかなか見当たらず、アルバムの数曲でラジカルな試みとして収録されていることが多い。様々なアーチストのアルバムに、パラッ、パラッと入っているそうしたテイクはまるで砂金のようで、すべて集めてしまいたいという気持ちに駆られる。
このイアンとシルヴィアの作品では、全面からフォーク・ロックのサウンドが香ってくるレコードの一枚だ。
フェリックスのベースのサウンドが、音楽を突き動かしている。
発表は1964年。フォーク・ロックの芽は、このあたりから芽生え始めたのかもしれない。
音楽の中身に比して、ジャケットはいかにもフォークのイメージを残している。このあたりも、アーチストのキャスティングに置いては先進的だったものの、ひとたび売れてしまったアーチストの打ち出し方は、どこかしら保守的だったヴァンガードのなせるわざという気もする。
アルバムごとにひとつのテーマを貫き通しているシアンとシルヴィアの一貫した制作姿勢、おそらくそれは会社側と抗いながら行われたのだろうが、この点にあらためて気づかさせることにもなるだろう。(大江田信)