Ringo Starr リンゴ・スター / Sentimental Journey

Hi-Fi-Record2008-05-17

 ハイファイから渋谷駅に向かう途中、ちょうどマクドナルドとビックカメラが入居しているビルの前当たりに、都バスの停留所がある。
 池袋行きのバスと、早大正門行きのバスがここに停車して、立ち並んでいるお客さんを乗せて、走り去っていく。思いのほか、利用者が多い。
 夜の9時過ぎに足早に駅に向かう道筋に、「早大正門行き」のプレートを光らせながら止まっているバスを見かけると、ふと懐かしい気分にとらわれる。その昔、早稲田界隈から渋谷行きのバスをよく利用したからだ。


 千駄ヶ谷東京体育館に併設されてるプールに泳ぎにいくためだったり、若松町東京女子医大病院に通ったり、青山三丁目の旧都電駅前にあったレストラン、種長に行ったりしていた。
 種長は店の前に名物「紙とんかつ」と記した掲示があった。文字通り紙のように薄いトンカツのことだが、これが店の売り物だった。薄く延ばしたカツと添えられた千切りのキャベツに、ウスターソースをたっぷりとかけて食べる。とんかつソースではない。要するにウインナー・シュニッツェルの簡易な日本版である。それがとてもよかった。これだけグルメ関連の記述がインターネットに踊っているのに、種長に関するコメントをみかけない。なんてこともない店の一つだったからだろうか。いつか少しでも思い出して書いて見たいと思う。


 それにしてもいつの頃から人は、過去を懐かしいとか、ひいては昔はよかったなどという感情を持つようになったのでしょうと、とある放送作家の方に聞いたことがある。「それは、人間が昨日という日があることを知ったときからです。昨日を記憶するようになった時から」という答えが返って来た。一瞬、ぽかんとするような思いに駆られた。そうなのか、人は過去というものがあることを知ったと同時に、懐かしいという感情を抱くようになったのか。そんなこと自明でしょとでも言いたげに、含み笑いをしながら彼はこちらを見た。


 古い時代の歌を歌うアルバム作品は、山ほどある。歌っている彼は、懐かしいという思いを抱いているのだろうか。どんな思いと共にスタンダードと呼ばれるうたは、歌われているのだろうと考えつつ、リンゴ・スターのアルバム「Sentimental Journey」を聞く。
 大好きなスタンダードをマイペースで歌ったこのアルバムが、2008年にこんなに気持ちよくなるなんて誰が予想したでしょうね! と書かれたコメントに膝を打ちつつ。(大江田 信)


Hi-Fi Record Store