The Howard Roberts Quartet / All-Time Great Instrumental Hits

Hi-Fi-Record2008-07-03

 ロスを訪れる日本人観光客ならば、誰もが一度はそぞろ歩くハリウッドのメルローズ・ストリート。そこから徒歩で一分ほど南にフェアファックス通りを歩くと、カンターズは道の右手にある。ロスのロック・ロジェンドのひとつだ。営業を初めて60年にならんとする終夜営業のレストランで、夜にはバースペースで酒も出すが、基本はベーコンや、ハム、ハッシュブラウンにたまご料理、トーストやパンケーキ、しぼりたてのオレンジジュースなど、朝食のメニューを一日中出しているレストラン兼デリだ。店の入り口部分には、持ち帰り用の食材を明るく飾り映すウィンドウが、大きく切りそろえられたハムなどを並べ、かつてもいまも自らをデリだと主張するかのように、足を停める客を待っている。


 店の裏には専用のパーキングがあって、それも休みの日のブランチ・タイムともなろうものなら、車でいっぱいになる。店のなかではグランパ、グランマから、パパ、ママ、そして子供たちと3代の家族が揃ってテーブルを大きく囲ってゆっくり食事をしていたり、若きカップルが散歩の合間に立ち寄ったかのような出で立ちで、テーブルに向き合ったりしている。


 おそらく創業当時とそれほどには変わりがないと思われる内装、ゆったりと店内を動くスタッフたち、それによって醸し出されるえも言われぬ落ち着いた雰囲気が、食事の味を倍加させる。
 デリケートな調理もいい。たとえば目玉焼きをとサニー・サイド・アップを頼んで、見事に半熟に仕上がっている手元に届く時など、ハッシュブラウンの上で黄身をつぶし塩をかけながら、おもわず自然に笑みが浮かぶ。


 ロスアンジェルスの記憶すべき音楽的なあれこれを一つにまとめた冊子「The L.A. Musical History Tour」にも、W.B.本社やRCAのロス支社、A&M、リバティなどレコード各社、タワーレコード発祥の地、サンディ・ネルソンが交通事故にあった場所などの案内と並んで、カンターズが他と肩を並べるように紹介されている。
 周囲のクラブが閉店をした夜の2時以降も店があいているものだから、映画、音楽などエンターテイメント・ビジネスにかかわる人たちの集合場所と化したという。一番のラッシュアワーは、毎週の金曜日、深夜2時だったそうだ。


 店では、数限りないミュージシャンが目撃されている。縁故あるミュージシャンの名前、たとえばチャック・E・ワイスの名前が記された小部屋があったり、高校時代からの友人だというスラッシュを交えたガンズ&ローゼスの写真集を店主自ら出版している。
 もしかしたらここかなと思って店の中をのぞき歩いたのは、60年代当時にレニー・ブルースフィル・スペクターが絶えず話し込んでいたとされる部屋だ。人嫌いのクセして、スペクターは雑踏が好きだったのではないか。大部屋のど真ん中でなんかではなく、片隅に人目を忍んですわっていたのではあるまいか、などと想像しながら。


 ハワード・ロバーツは、フィル・スペターのギターの先生。
 このアルバムは、カンターズでの朝食の様を思い出しながら聞くには、最適の一枚だ。音楽の適度な騒がしさが、朝のレストランの幸せな空気を思い起こさせる。(大江田 信)
 



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