Maritn Mull マーティン・マル / In The Soop

Hi-Fi-Record2009-03-26

2001年ごろの話、
とある日本のレコード会社で
ヴァンガード・レコードのカタログから
現代的な視点で選りすぐった再発をするという企画があり、
ぼくもライナーを書かせていただいた。


そのとき
候補に挙がっていながら
権利の所在が不明ということで契約が出来ず
幻に終わってしまったのが
このマーティン・マルの「イン・ザ・スープ」だった。


かえすがえすも残念。


そのときこのアルバムが出ていたら
もう少し日本の音楽ファンは彼のことを大事に思っただろうに。


レコード・デビューは72年、
カプリコーン・レコードから。
その翌年にライヴ・アルバムをリリース。
この「イン・ザ・スープ」は
74年に2枚目のスタジオ・アルバムとして発売された。


しかし、
その経緯にぼくとしてはずっと疑念を抱いている。


72年のデビュー・アルバムと、
74年、つまり、この「イン・ザ・スープ」と同年に
ワーナー・ブラザーズから発売された「ノーマル」には
サウンド的にも確かなつながりがある。


それが、この「イン・ザ・スープ」でマーティンがやっていることは、
SEを駆使したコンセプチュアルな作りや
コーラスを多用したサウンド
また、レス・ダニエルズとエド・ワイズという共演者を
わざわざクレジットされていることなど、
いちいちその流れにハマらない。


もっと言うと
デビュー作や「ノーマル」は
黒い笑いを含んだ歌詞的にはともかく、
ゲストや著名ミュージシャンのサポートも的確で
サウンド的な破綻はない。


「イン・ザ・スープ」は破綻だらけだと思う。
そしてその破綻こそが
愛される理由だ。
散らかった破片のひとつひとつが
切なく美しいのだ。


そして
そういうことから類推するに
実はこのアルバムは
72年以前に録音されていたのではないか。


マーティンはコメディアンとして成功したからレコードを出したのではない。


スタンダップ・コメディアンとして活動する一方、
自作のコミックソングを精力的に書き続けていた彼は
まずミュージシャンとしてカプリコーンからデビューし、
その評判をもとにコメディアンとして
映画やテレビでの仕事を手にした。


そのとき、
彼の手元、
あるいはレス・ダニエルズとエド・ワイズの手元に
デビュー前に録音されていた幻の作品のテープがあって、
それがマーティンの与り知らぬうちに
ヴァンガード・レコードに持ち込まれたとしたら……。


まあ、真実は闇の中。
ただ、もし“公式”にこのアルバムが発売されたものなら、
絶対にもっと簡単に見つかるはずだという手応えがぼくにはある。


だから、
このアルバムのCD化が検討されたとき
権利不明という回答がアメリカから返ってきたのは
実は表向きの理由で、
本当は、法的に差し止めされていたのではないだろうか。


発売から35年も経って
こんなことを考えてる日本人がいるんですが、
マーティン・マルさん、お答えはいかがでしょうか?(松永良平