June Tabor ジューン・テイバー / Some Other Time

Hi-Fi-Record2009-04-11

気温が平年よりずいぶん高い。


そういう日は
こういうひんやりとしたアルバムを聴きたい。


トレイシー・ソーンの「遠い渚」を
ぼくはコメントで引き合いに出したが、
本当のところ、
サウンドの肌合いが似ているだけで
彼女たちのキャリアにおける立ち位置はずいぶん違う。


トレイシー・ソーンにとって
「遠い渚」はデビュー・アルバム。
ニュー・ウェイヴ全盛期の82年にイギリスから登場した
ほぼギター一本弾き語りの寂しげな歌に
当時のぼくたちはとてもびっくりした。


しかし、
後年、相棒のベン・ワットとのユニット、
エヴリシング・バット・ザ・ガール
ハウス的なモダンなダンス・サウンドで世界的な成功を収めたときの
インタビューにはもっと驚かされた。


デビュー当時、
アコースティックでやっていたときは
ああするより他に方法もお金もなかった。
本当はずっと、こういう作り込まれたモダンなサウンド
やりたかったのだ
というような意味のことを語っていたのだ。


それを話していたのが
ベン・ワットだったかトレイシー・ソーンだったか
もう忘れてしまったが、
「遠い渚」や
ベン・ワットの「ノースマリン・ドライヴ」のような作品を
その後作っていないことが
ふたりの明快な答えになっている。


ジューン・テイバーは
伝統的なフォーク/トラッドをロック的に解釈する
新世代の歌い手として70年代に登場し、
後発的にこのシンプルなジャズスタンダード・アルバムにたどり着いている。


これはこれで
メインストリームからの一時的な避難だったのだろうけど。


何も持っていなかったからひとりで歌ったトレイシー・ソーンと
ひとりになるためにこの機会を選んだジューン・テイバー。


両方とも好きだという気持ちに
うそはない。


でも、そのふたりの女の似て非なる魅力の間で
ぼくはときどき揺れる。(松永良平


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