Liza Minnelli ライザ・ミネリ / Tropical Nights

Hi-Fi-Record2009-04-21

ライザ・ミネリ
アメリカのショービズ界で押しも押されぬ大スター。


アルバムにはいつも豪華なスタッフが参加し、
時代に応じた上質なコンテンポラリー・サウンドを提供している。


1977年の本作は
ディスコ時代の「キャバレー」(彼女の大当たりしたミュージカル)を
イメージしながら制作された
甘酸っぱいおとなのディスコ・アルバム。


スティーヴィー・ワンダーが書き、
当時の夫人シリータに捧げた名曲
「アイ・ラヴ・エヴリ・リトル・シング・アバウト・ユー」の
スウィートなカヴァーが入っていることでもポイントが高い。


この曲で彼女とデュエットしているのが
ティーヴ・マーチという男性シンガー・ソングライター


70年代半ばに
ユナイテッド・アーティスツから
ソロ・アルバム「ラッキー」を一枚リリースしている。


ピアノを弾きながら
若さにまかせたポップ・ナンバーや
甘い憂いのあるバラードを歌う彼を
ハイファイでは
「70年代にベン・フォールズがいた!」なんてキャッチで
売っていた時期もあった。


アルバムはこれ一枚きりで
その後の消息と言えば
この唐突な抜擢とも言えるライザ・ミネリとのデュエットぐらい。


幻のシンガー・ソングライターだと
ハイファイのスタッフ誰もが決めつけていた。


ところが、
ある買付のとき、
ジャズ・ステーションから
「瞳は君ゆえに(I Only Have Eyes For You)」のカヴァーが流れてきた。


リズムは今風だが
ウッドベースが隠し味に利いていて
なによりも押し付けがましくなく流れに乗る歌が
最高にうまい。


DJはさらりと
「スティーヴ・マーチ・トーメの歌でした」と言った。


へえ、“トーメ”ってことはメル・トーメの息子か血縁かしら?
待てよ?
その前に“スティーヴ・マーチ”って言わなかった?


そうなのだ。
あのスティーヴ・マーチは
メル・トーメの実の息子であったのだ。


ティーヴが2歳のときに両親は離婚し、
彼は母方のマーチ家に引き取られた。
しかし、その後も父トーメの庇護は大なり小なりあったのだろう。


ジャンルこそ違えど
息子は父と同じミュージシャンの道を選んだ。


そしていったんデビューした後、
長いブランク(裏方としての活動?)を経て
2000年代に入ったころから
彼は父トーメの名前をもらい、
ジャズ・シンガー、スティーヴ・マーチ・トーメとして
再び表舞台で歌い始めたのだった。


それがわかったとき、
ライザとのデュエットの謎も解けた気がした。


つまり、これは
ジュディ・ガーランドの娘と
メル・トーメの息子のデュエットだったのだ。


しかも、
ティーヴが父の影を気にして育ったように、
ライザも偉大な母ジュディ・ガーランドとの相克に
死ぬほど悩みながら成長してきた。


その心もようの重なり合いが
音楽に奥行きを作っている分だけ、
このデュエットは
ただのお気楽な二世の共演であることからまぬがれている。


ぼくたちの耳が
そんな見えざるドラマを
嗅ぎ付けるほどかどうかは別として
ふたりの歌声にずっと惹きつけられていたのは
本当の話なんだ。(松永良平


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