Bill Perkins Quintet ビル・パーキンス / Quietly There

Hi-Fi-Record2009-04-29

The Cool School 1 しずかな男


店に入ると
何やらあわただしい。


奥の部屋でうごめいているのはカメラ・クルーで、
どうやら何かの撮影が行われているのだとわかった。


奥の部屋には
イージーリスニングのものすごく充実したセクションがあるんだけどな。


もじもじしていたら、
店主が教えてくれた。


「撮影は午後からで今は準備をしてるだけだろう。
 昼過ぎまでは奥に行ったって大丈夫だよ」


この店で今しも行われようとしている撮影は、
ロケのシチュエーションとして
古びたレコード屋の店内を借りる、というものではない。


主役はこの店そのものだった。


この店のドキュメンタリー映画を撮影するために
スタッフがここ数日出入りしているのだ。
あとでコメント用のゲストもやって来るという。


カリフォルニアの瀟酒な街にある
この愛すべき店は
もうすぐ50年に及ぶその歴史を閉じようとしている。


ぼくたちが店を訪れたのは
閉店まであと半月をきったあたり。


店主が書いた閉店へのメッセージが
タイプ打ちされて壁に貼り出されていた。


泣いてもいないし
負けてもいない。
ただ淡々と、時が来たんだと告げている。
名文だと思った。


なにしろ有名な店だから
大バーゲンをやっているというニュースは
日本にも飛び込んできた。


もちろんすぐにも飛んで行きたくなったのだが、
それは商売を考えてだけの話じゃない。
この偉大なる店に
ちゃんとさよならを言っておくべきだと思った。


あのおやじに
「いい店だったよ」と
直接言わなくちゃ気が済まない。


店主は、いつだって愛想も格別ない。
肩にオウムでも乗せたらきっとよく似合う
熟練の船長みたいな顔をして
海の波の具合を眺めるように店内を見ては、
ゆっくりとレコードを扱っている。


「おまえらの専門ジャンルは何だ? ハッ?」とか
「ブッチャー・カヴァーは要らんか?」とか
アメリカ人にありがちな
人なつっこさを装った図々しさとは無縁のひと。


そのしずかさには
彼が見て来た長い長い歴史と
さまざまなレコード中毒者との付き合い方を記したカルテが
無言のうちに表現されているのかもしれない。


しばらくしたら撮影クルーが
しゃがんで箱に入ったレコードを見ていたぼくに話しかけてきた。


「もしよかったら
 インタビューを受けてくれないかな?」


この店の閉店を惜しんで日本人客までやって来た、という
特別なシチュエーションを記録に残す役回りを引き受けさせられたわけ。
確かに、それは本当のことだけどね。


店主はカウンターに腰掛けて
ことのなりゆきなんか知らないふりをして
あっちの方を向いている。


覚悟を決めて、
インタビューを受け、
この店がいかに好きかを片言の英語でしゃべり、
「日本語で言ってみて」というリクエストにも応えた。


このときの不思議に上気した気分は
忘れられない。


それはまるで
上京して初めてレコード屋さんのバイトの面接を
受けたときの気分にも似ていた。


そして、その面接のようなインタビューもおかげで、
今まで親しみはあっても話すことはなかったこの店の店主と
ちゃんと向かい合う権利を与えられた気がした。


レコードを買い終わったら
あのしずかな店主に話しかけてみよう。
そして言うんだ。
「あなたの話がききたいんですが」


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この連載中は
毎日のレコード紹介は簡単にさせていただきます。


今日は
ビル・パーキンスの「クワイエットリー・ゼア」。


ジョニー・マンデルの「エミリー」という曲の良さについて
ぼくが知ったのはこのレコードだったのに、
うかつにも今まで試聴サンプルにしたことがなかった。


バス・クラリネットとガット・ギターがやさしく触れ合う
その声のおどろくほどの低さが
この関係がおとなのものだと教えてくれる。(松永良平


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