Teruko Kawate / Good Night

Hi-Fi-Record2009-05-02

The Cool School 2  しずかな男 その2


物静かな店主は
ぼくのインタビューの申し出に
あっさり応えてくれた。


しかし、
この日はドキュメンタリーのロケもいろいろと続くし、
さらに夕方からは
奥のイージーリスニング・ルームにDJブースを配置して
この店へのリスペクトを込めた
盛大なパーティーが行われることになっていた。


「明日の夜にしよう」


そう約束して
この日は買うだけ買ったらひとまず帰ることになった。


ちなみにDJは誰がやるの? と訊いたら、
「DJシャドウとDJスピナ(あとで確かめたらカット・ケミストの間違いだった)だよ」と店主は言った。


おそれいった。
ふたりとも現役ばりばり
最先鋭のヒップホップ・トラックメーカーじゃないか。
少しもノスタルジックじゃない。しびれました。


ドキュメンタリーの撮影が始まったので、
ぼくはジャズ・セクションに移動した。
音楽関係者らしい身なりの中年男性が
インタビューにひとしきり答えていた。


続いて、今度は女性がやってきた。
小柄だがきりっと引き締まったスタイル。
体型にフィットしたシャツを身につけていた。
下はタイトな黒いレザーパンツ。


長い髪は赤く、
額の生え際に一筋白い部分が見えた。
その女性をぼくは知っている。


彼女の名はボニー・レイット


しゃがみこんでフォークのレコードを掘っていた
大江田さんを背中をつついて
小声で言った。


「あのひと、ボニー・レイットですよ」
「そう? 似てるけど、本当にそうなの?」


ボニー・レイットと思しきその女性が
ボニー・レイット本人だとしたら、
ボニー・レイットに会えてうれしい、というより、
ボニー・レイットがこの店に敬意を払っているという
事実そのものがうれしい。


だから、そうであってくれと願いながら
撮影が終わって帰ろうとする彼女を呼び止めた。


「すいません。あなたはボニー・レイットですか?」
「ええ、そうよ」


その答えが
「こんにちは」の挨拶を交わすようなさりげなさで
一瞬のためらいもなく返ってきたので、
逆にぼくが後ずさりしてしまった。


めげずにもうワンプッシュ。


「ぼくたちは日本からこの店にレコードを買いに来たんです。
 閉店してしまうと聞いたんで」


彼女の答えはふるっていた。


「あら大変。あたしに一杯おごらせなさいよ」


店主としばらく立ち話をして、
彼女は昼下がりの街へさっそうと出ていった。


思わず口をついて出た言葉は
「いい女ですねえ」


店主は日本語がわからないはずなのに
しずかにほほえんだ気がした。


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昨日からハイファイでも扱い始めた
富山県高岡市在住の女性Teruko KawateのCD「Good Night」。


今日一日で
初回に入荷した分の半数が売れてしまった。
これは異例のことだ。


ビートルズが好きで
自分なりに楽器を演奏して歌っているというひとは
日本中にたくさんいるはずで、
そういう意味ではこの作品だけが特別なわけではないし、
やみくもに持ち上げようというつもりもない。


低くて落ち着いた歌声は個性的だが、
すごく上手いか、と言われれば
必ずしもそうではない。


でも何だろう、
この見知らぬ女性の
生活や人生、好きだったひとやかけがえのないものが
ただそのまま入っている感じ。


作為のないものの魅力は
解き明かせない。
よけいな謎がないからだ。(松永良平


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