Rahsaan Roland Kirk ラサーン・ローランド・カーク / Blacknuss

Hi-Fi-Record2009-05-04

The Cool School 3  しずかな男 その3


約束をした
その翌日が来た。


インタビューの前に
まず倉庫を見せてもらうことになっていた。


店主は
ぼくたちに気を許してくれたのか、
それとも本当に何もかも売り払う覚悟なのか、
閉店後に店の近くにある倉庫に
案内するよと言ってくれたのだ。


レコード屋の倉庫には
何度も入ったことがある。


ずばり言うが、
レコード屋の店主の本当の性格は
店よりも倉庫に出るのではないかと
ぼくは思っている。


きれいか雑然か
ひろいか狭いか
部屋が暗いか明るいか
レコードが整理されているか箱詰めのまま積んであるか。


ひとの目に触れない場所に気を遣うことが出来るかどうか、
それは大きな問題じゃない。
きれい好きのひとが良いレコードを持っているとは限らないし、
その逆のパターンだって何度も見て来た。


この日の倉庫は
とてもきれいだった。
すべてのレコードがジャンル別に分けられ、
アルファベット順に並べてあった。


コンピューターは導入されていない。
店主はここに何があるかを頭で把握するか
ノートに書き留めていて、
お店で売れたものにストックがある場合は補充をする。


商売では当たり前のことだと思うだろうが、
個人経営の店だと、そこが結構難しい。
目の前にある刺激についつい目を奪われ、
古い在庫は遠い記憶の彼方へと追いやられてゆく。
そしてレコードは見捨てられたまま
ほこりをかぶる。


鷹揚な海の男のような見た目とは違って
店主はとてもきちんとした男だと
あらためてわかった。


何故なら、
その倉庫でぼくたちが買うものは
あまりなかったからだ。


期待はずれという意味じゃない。
この倉庫に収められているレコードは
ほぼすべて何らかのかたちでお店に並んでいるものとダブっていた。


そのリサーチは
ほぼ完璧と見た。


「だから50年も続けられるわけですよ」


ため息まじりに大江田さんにもらしたぼくの言葉には
大きな尊敬と
多少のやっかみも入っている。


ぼくたちが在庫の棚をごそごそと見続けているその間も
店主はメモに目を通しながら
淡々と今日売れたレコードの在庫をピックアップしていた。


閉店を間近に控えても
彼はたいせつな日常を崩すことを
自分に許していなかった。


ひととおり見終わったことを告げると
「オッケイ、値付けは店でやろう」と言う店主に付いて
レコードを持って建物の外に出た。


外はもうくらくなっていた。


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ラサーン・ローランド・カークのこのレコードを見つけたのは
90年代初めのことだが、
とてもうれしかった。


カークのレコードを少しづつ集めていた時期でもあり、
折からソウルジャズのブームが街では起きていて、
「ホワッツ・ゴーイン・オン」や
「ネヴァー・キャン・セイ・グッバイ」のカーク版が聴けるこのアルバムには
ものすごく高い期待をしていたことを覚えている。


しかし、
アルバムを聴き進むうちに
思わず針を止めた。


A面の3曲目に入っている美しいバラード
「アイ・ラヴ・ユー・イエス・アイ・ドゥ」に
どこかで聴き覚えがあったからだ。


どこだ?
大学のそばのジャズ喫茶か?
違う。
カークのこのアルバムは無いと言われた。


記憶のエサ箱をわさわさとめくっていくうちに
その素性が判明した。


この曲は89年か90年に行った
RCサクセションの夏の日比谷野外音楽堂でのライヴで
終演後に大音量で流れた曲なのだ。


ぼくの記憶が正しければ
そのときのラストナンバーは
「夜の散歩をしないかね」だ。


そしてA面6曲目には
さらなる興奮が待ち受けていた。


フルートとカークのスキャットが同時に爆裂する
ハイスパート・ナンバー「ウィッチ・ウェイ・イズ・イット・ゴーイング」は
そのライヴの始まりを告げる、
バンドが登場するためのBGMだった。


残念ながら
ライターとして忌野清志郎さんを取材することは
かなわなかった。


もし、それが実現していたら
持ち時間が終わった“ついで”でもいい、
「あのとき、カークを選曲したのは忌野さんですか?」と
一度訊いてみたかった。


このアルバムを
何度かハイファイでぼくは売ってきたが
今までそんな個人的な理由を誰かにしゃべったことはない。


今回買付したのも偶然だし、
盤もジャケもそれほどきれいじゃない。
仕入れを見送ってもおかしくなかったのに、
今日、買付の箱を開けたらこのレコードが入っていた。


レコードの神様を
少しだけ信じます。


そしてレコードの神様に
ひとつお願いが。
今回だけでいいんです。
試聴曲をその2曲に変えさせてください。(松永良平


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