Jake Thackley ジェイク・サックレー / Jake’s Progress

Hi-Fi-Record2009-05-16

The Cool School 8 イギリスなまり


何年か前にロンドンに行ったことがあり、
そのときにキングス・イングリッシュをいっぱい聞いた。


いや、
正確に言えば
マッスウェル・ヒルのパブとかで聞いた言葉なので
パブズ・イングリッシュみたいなものかもしれない。


そのときの印象は
イギリス人のなまりは口を縦に開ける
というものだった。


アイ・アムが「ヲイ・ヲム」になっている、
そんな感じ。


その正反対だと感じるのが
アメリカの南部のなまりで、
口をの開き方が横に広い、気がする(本当のところはあやふや)。


東海岸のレコード・ショーで
思いがけず強いイギリスなまりを聞いたのは
春先だったか。


話していたのは、
ジャズ・レコードの大胆なバーゲンを
自分のテーブルでやっていた大柄な青年だった。


聞けば、ここから30分ほど行った小さな町で
半年ほど前にレコード屋を始めたのだという。


明日は営業しているから是非おいでよ、と
口を縦に開けながら彼はしゃべった。
予定には入っていないけれど、
彼がショーで売っていたレコードはとても魅力的だったし、
何より誠実そうで信頼出来た。


この見立てを誤ると
痛い目に遭うことが少なくないのだが、
この場合は行って正解だった。


こじんまりとした街の
こじんまりとしたレコード屋には
レコードが棚にも床にもあふれかえっていた。


ネット通販もやっているのかと訊くと、
地元のお客さん相手でやっていけてるから
今のところその予定はないという。


どの大都市からも同じくらい遠くて、
カレッジのある街が近所なのか若者もそこそこいて、
商売の仕方もマニアックに究めるのではなく
手頃な価格でどんどん売ってゆくというもので、
良いレコード屋の条件を満たしていた。


ただひとつだけ難点がある。


理由はわからないのだが、
彼はお店でかけているBGMのCDを
一枚これ!と決めたら、その日一日決して変えないのだ。


ぼくたちはその店にいつも半日近くいるので
少なく見積もっても十回近く同じアルバムを聴くことになる。


そして、
ああ、
こんなにいいやつなのに、
音楽にもレコードにも詳しいのに
彼が好きなのは
強烈に激しいデスメタルなのだった。


この世の終わりのような呪詛が繰り返し流れる中、
彼は笑顔でお客さんの相手をしたり
家族をぼくたちに紹介したり。


どうしてなんですか?
という問いかけは
無意味なのか。


あるいは
それは彼がイギリス人であるということがもたらす
説明の出来ないバランス感覚なのかもしれない。


まあ、
そんなことを言い出したら
日本人のぼくたちだってそうか。


こういう性格のひとはこういう音楽が好きなはず、
そういう安易な決めつけに陥りそうなときは
必ず彼のことを思い出すことにしている。


頑固なイギリスなまりと
強烈なBGMが聞きたくて
実は今年もすでに行ってきたのだった。(この項おわり)


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イギリスの詩人でシンガー・ソングライター
ジェイク・サックレー。


ぼくの考える
イギリスなまりの理想がここにある。


頑固さと
美しさを求める生真面目さに
打たれる。(松永良平


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