Jack Sheldon ジャック・シェルドン / The Cool World Of

Hi-Fi-Record2009-05-18

The Cool School 9 むっつりおじさんの表と裏


この連載では
レコード屋の店主と仲良くなって
これこれこういう話をして、
みたいなパターンが多いと思われるかもしれない。


実際には
こういう商売に偏屈はつきものというか、
必ずしも仲良くはなれていないケースというのもある。
アメリカ人らしい考え方というか
「えっ?」とたじろぐような手のひら返しをされた経験だって
なくはない。


逆に
親しくなれてなくても、
勝手にこちらが好意を抱いているというパターンもある。


東部の州に
2軒の店を持っていた
むっつりおじさんもそのひとり。


むっつりおじさん、では
ちょっと失礼かもしれない。
薄くなった頭に眼鏡がよく似合う
知的なご主人なのだから。


するどいレコードがたくさん買えるので
ぼくたちは足繁くその店に通った。


あるとき、
NRBQのトム・アルドリーノと話をしていたら
何かのはずみでその店の話題になった。


いい店なんだけど、おじさんがちょっとこわいよね、と
ぼくが言うと、
トムはとんでもない、とかぶりを振った。


「彼はいいやつだよ。
 あの地域のローカル・スターでTVジョンっておやじがいて
 そいつがいかれたローカル番組で
 いつも狂ったように歌って踊ってたんだけど、
 なんとあの店でインストア・ライヴをやったんだよね。
 いや、正確に言うと
 店の外の駐車場でやったから、アウトドア・ライヴだった。
 そのときのビデオを見せてもらったら度肝を抜かれたよ。
 TVジョンのために彼はトランポリンを用意したんだ。
 何とぴょんぴょん飛びながら彼はライヴをやったんだ。
 そういうことが好きな人間なんだよ。」


いや、その話は確かにすごいけど、
すごいのはTVジョンの方で
あのむっつりおじさんじゃないでしょ?


「いやいや、
 実はNRBQもあの店でライヴをやったことがある。
 あれは彼のバースデーを祝うとか、そういうことじゃなかったかな?
 ところが彼(店主)はそのときあんまり喜びすぎちゃってさ、
 酔っぱらって外に出て暴れだしちゃったんだよね。
 それで近所の誰かが通報して逮捕されちゃったんだ!
 パーティーの主役が不在になっちゃった!」


その話にぼくは耳を疑った。
あのおじさん、どう見てもそんなことしそうにないんだけどな……。


だとしたら
おじさんはぼくたちには表の顔だけを見せているというわけか。


普通は
裏の顔と言えば、わるい意味なんだけど、
このおじさんだったら、
裏の顔をいっぺん見てみたい。


そう言えば、
この店の支店が突然閉鎖してしまった直後のこと。
そのときにおじさんと話す機会があった。


「ほら、あの店のあったあたりは
 治安があんまりよくなかったんだよ。
 だから、こっちだけにしたんだ」


真面目な回答だった。


しばらくして、
海外勤務でその街に住んでいるというお客様が
ハイファイに見えた。


そのときに、
あの店、一軒閉めちゃったんですよね、と告げると、
意外な答えが返ってきた。


「いやー、あの支店は
 海賊版摘発の手が入って
 それで閉めちゃったんですよ」


またもや、
むっつりおじさんの裏の顔!


むっつりおじさんの研究は
まだまだ続ける価値がある。(この項おわり)


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西海岸随一のジャズ・トランぺッター、
ジャック・シェルドン。


このひともふたつの顔を持つ。


トランペットと歌?
ええ、確かに。
このアルバムで聴けるランディ・ニューマンのカヴァー
「アイ・シンク・イッツ・ゴーイング・トゥ・レイン・トゥデイ」は最高。


でも、
言いたいのはもうひとつの顔。


このひと、
ライヴになると話が長いんだそうです。
演奏よりも。(松永良平