Jimmy Smith ジミー・スミス / The Cat

Hi-Fi-Record2009-05-25

The Cool School 12 エリック その2


エリックと会うのは
だいたい年に一度のペース。


ぼくがハイファイで買付に行くようになってから
このペースだけは唯一守り続けられている。


エリックの店に行き、
今年もよろしくとあいさつをし、
ぼくらがこの街にいる間に
晩めしでも食いに行こうよと約束をする。


だいたい行くのは
店から5分ほど歩いたところにある
チャイニーズ・レストラン。


ぼくたちの
大のお気に入りの店だ。


食事が終わると
支払いの権利争奪戦が
エリックと大江田さんの間で行われる。
これもまた風物詩のようなもの。


今回はおれが。
いやいやこっちが。
いやいや前回はそっちだったし。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。


いやいやいやいや……
あれ、どっちだったっけ?


そんなやりとりを繰り返しているうちに
ついにどっちが支払うべきなのか
お互いにわからなくなってしまった。


エリックと大江田さんは同い年で
年に一回しか会わないのに
どこか戦友のようなところがある。


会うたびにエリックは
「去年おまえたちが来てから
 日本のディーラーだと
 あそこが来たろ、それからあそこだろ……」
そんな感じで
ぼくたちのライバルがどれだけやって来たかを
それとなく教えてくれる。


インターネットの時代だから
「どこそこの店が来ていっぱい買っていったから
 今は来ない方がいいぞ」とか
教えてくれてもいいようなものだが、
そういうことはしない。
それがエリックなりのフェアな精神なのだろう。


それに
ぼくたちがエリックの店でがっかりするなんてことは
まず、ないから。


チャイニーズ・レストランで食事をしながら
エリックは思い出し笑いをしながら
こんなことをしゃべりだした。


「去年だったか、
 日本人のディーラーたちが2組
 同じ日に店でかち合ったんだ。
 どうやらお互いには面識がないらしくてね。
 そういうときは、どうなると思う?
 片方が店の右側を見ていたら
 もう片方は左側を見る。
 そしてどちらかが移動を始めたら
 距離を取りながら、
 もう片方も移動するんだ」


エリック、
その話、あんまり笑えない。
そういう経験ならぼくらもたくさんしてるんだってば。


「そうだよな。
 でも、あれはおかしかった。
 猫がケンカするときが
 あんな調子なんだよ。
 距離を取って円を描くように
 ずっとぐるぐるまわり続けるんだよ」


猫を持ち出した比喩が絶妙で
ぼくらもつられて笑ってしまった。


やっぱりエリックはおもしろいやつだ。
また、つづきはいつかに。


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“キャット”というのは
ジャズ界の古いスラング
“ジャズマン、ジャズのわかるひと”という意味がある。


テリー・サザーンの短編集
「レッド・ダート・マリファナ」に収録された
「ヒップすぎるぜ」という話を訳したときに、
黒人ジャズ・ミュージシャンが
白人の若者を指して
「こいつは猫なのか?」と訊くシーンがある。


もちろん、それは直訳で
そのままだと意味が通らない。
つまりは
「こいつ、ジャズ好きなやつなのか?」という意味なのだ。


かわいいスラングだが、
その底は意外と深い。


猫はめったなことではひとに気を許さないからね。(松永良平


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