Oscar Peterson オスカー・ピーターソン / The Personal Touch

Hi-Fi-Record2009-05-26

The Cool School 13 来なかった男


「いっぱい買ってくれたもんだな。
 明日のレコード・ショーに来るんだろ?
 じゃあ朝7時に裏口に来いよ。
 特別に入れてやるからさ」


その約束を信じて
まだ寒く暗い朝、
ぼくたちは会場となるVFWセンターの裏口に立っていた。


VFWとは
ひらたく言えばアメリカの公民館だが、
もっと具体的に言うと
退役軍人たちを慰労するための公営ホールみたいなもの。


レコード・ショーのような催しは
こういう場所で行われることが多い。
ホテルのパーティー・ルームというパターンも少なくないが、
たぶん、VFWみたいな場所の方が
賃料が安いのではないだろうか。


さて、
ぼくたちに軽い約束をした男は
この街に新しく出来たレコード屋の店主。


大江田さんいわく、
以前は違う店のあった場所に
そこを内装ごと彼が引き継いで始めたらしい。


どこで何をしていた男なのか知らないが
何だかえらそうな男だった。
だが、ぼくたちがいっぱい収穫があったので
急に上機嫌になって話しかけてきたというわけだった。


ホールの中では
徐々にショーの準備が始まっている。


もちろん、
ぼくたちは中に入ったっていいのだ。


レコード・ショーには
“アーリー・バード”という慣習があり、
通常の入場料よりもいくらか増しでお金を渡せば
堂々と先に入ることが出来る。


だが、
昨日、あの男が言ったのは
“タダで入れてやるよ”という意味だったはずだ。
搬入口を通るディーラーたちに
じろじろと見られながら、
ぼくたちは小一時間は彼を待ったのではないだろうか。


今みたいにアメリカで使える携帯電話なんかも持ってなかったし、
だいいち自宅の番号なんか知らないし。
ぼくらはただもう震えながら
じっと待つばかり。


そのうち
このかわいそうな東洋人たちを見かねたのか
あるディーラーに声をかけられた。


「おまえたち、誰を待ってるんだ?」


あそこの店のやつだと答えると、
ディーラーは「おやまあ」という顔をした。
その顔には
「あんな気分屋の言うことを真に受けるなんて」と
あきれと同情が一緒に浮き出ていた。


「来いよ」


こうして結果的に
ぼくらはタダでアーリー・バードを出来たのだった。
もちろん、それは
来なかった男のおかげなんかじゃ全然ない。


昼ごろまでぼくたちはショーにいたが
結局、あいつはそこには現れなかった。


これが、ぼくが買付に行き始めてから
本当にごく最初のころに味わった
初めての裏切り。


アメリカ人のレコード屋
みんな素敵に見えていたウブなぼくは
ごくりと苦いつばを飲み込んだ。


ちなみにその店は
今も営業しているが
男がぼくたちに話しかけてくることは、もうない。


今でも、
飲み込むつばはまだ苦いよ。(この項終わり)


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すでにお気付きのお客様もいらっしゃるかもしれません。


ハイファイのウェブサイトがリニューアルを
始めています。


まだ移行中で不完全なところもあるかもしれませんが、
今までにない新機能など
いろいろと変化があります。
もちろんオーダーの仕方は変わってませんのでご安心を。


これを内緒にしていたのは、
世界は日の出を待っている、という気分でした。


オスカー・ピーターソン
エレピ・ヴァージョンで祝いたいと思います。


写真もちょっと大きくなりました。(松永良平


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