Grady Tate グラディ・テイト / After The Long Drive Home

Hi-Fi-Record2009-06-01

The Cool School 15 長いドライブ その1


買付のときに
昔は必ずやっていたのに
今はほとんどやらなくなってしまったことがある。


それは
モーテルに着いたら
まず電話帳(イエローページ)を探して
レコード屋】さんのページを
びりびりと引きちぎって保存することだ。


インターネットが
世界を支配してしまう直前、
電話帳にはまだ
その街のひとしか知らない店がいくつか載っていた。


住所だけを頼りに
知らない街の知らない道を進むことは
かなりスリルのある脱線だった。
今でもひどく懐かしく思える
大好きなスリルだ。


小さな煤けた街にあったその店も
イエローページから見つけたのだと思う。


その日は
朝から移動が続いていて、
すでに夕方になっていたのだが、
この時間からでもなおモーテルの街まで
5時間以上走らねばならないという過酷なスケジュールだった。


しかし、
移動ばかりじゃつまらないし、
せっかく見つけた貴重な情報じゃないか。
途中の街だし、“ついで”のつもりで
立ち寄ることにしたのだ。


ちなみにこのときは
ぼくの弟が休暇を兼ねて
ドライバーとして参戦していた。


店に着いて
まずぼくだけが降りて
中を覗き込む。


何となくレコードがありそうなら
手でしるしを作って
先に中に入る。


見た感じは良さそうだ。
手前に古本があって
奥にレコードがちらほらと見える。
レジに座っているのは老婦人。


車に向かって両手で大きな丸を作ってから
ぼくはひとりで中に入った。


老婦人に
レコードを買いに来たのだと告げて
店の左手に目をやったとき
息が止まった。


なんだ。
この棟は古本がたくさんでレコードはちょっとだけど
隣りの部屋はレコードだらけだぞ!


左に進んで
さらにおどろいた。
この棟だけで天井までの高さの棚がレコードで埋まっているし、
奥にはもうひとつレコード部屋がある。
そして下に降りる階段まで!


ぎしぎしと古い板張りの階段を降りると
地下はすべてがレコードだった。


柱と壁が幾重にも連なって
その隙間を埋める棚という棚。


一番奥まで行ってみようとして
無造作に置いてあるレコードが鮮やかに目に飛び込んできた。


マーシャル・マクルーハンの「ザ・メディア・イズ・マッサージ」!


こりゃ大変だと
息せき切って一階に戻ると
ちょうど大江田さんたちが入ってきたところだった。


「あんたたち、レコードを買いにきたのかい?
 だったら、道の向こうにもあるんだよ」


老婦人は
いたずらっぽく笑いながら言った。
その口調だけで
彼女がかなりのインテリだとわかった。


若いスタッフの案内で
ぼくたちは道を渡って
どういうわけか普段は開放していないらしい
向かいの建物に入った。


ガチャリと鍵が開き、
中に入って、
今度は3人一緒に絶句した。


そこはシングル盤の詰まった箱が
ピラミッドのようになっていた。
見たこともないほど大量の鑞管レコードもあった。
「奥にはジャズもあるよ」と若者はこともなげに言う。


大江田さんと目を合わせて、ひとこと。
「こりゃ今夜中にモーテルには着けないかもしれませんねえ……」


「ケケケケケケ」と
老女の含み笑いが遠くから聞こえた気がした。(つづく)


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名ドラマー、グラディ・テイト。
もともとシンガーになりたかったというだけあって、
本当に歌がうまい。


彼がジャズの出じゃなかったら
このアルバムは
極上のスウィート・ソウルになっていただろう。


もちろん、
彼がジャズの出だったために
このアルバムは
極上のスウィート・ソウルからはみ出した
彼にしか出来ないものになっている。


長いドライヴというお題で
一番最初に思い出したアルバムでもある。(松永良平


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