Hoagy Carmicheal ホーギー・カーマイケル / Havin’ A Party

Hi-Fi-Record2009-06-12

The Cool School 20 話し足りない


これまで紹介してきたレコード屋の人間たちは
どちらかと言えば
無口でおとなしいタイプが多い。


だから今回は
よくしゃべる男の話をしよう。


アメリカの友人に教えてもらった
小さな街のフリーマーケット


週末だけの開催で
体育館みたいな大きさのコミュニティホールを
各自ブースに区切って
骨董やら生活用品やら売りたいものを売っている。


そういうところに
ときどきレコードを売っているひとたちがいる。


普段は別の仕事をしていたり
すでにリタイアして老後の愉しみでやっていたり、
本職のディーラーではないから
情報をインターネットに出したりもしない。


アメリカをあちこち回っているときに
ぼくたちが一番欲しいのは
実はこういう穴場についての情報だ。


その老人に会ったのは
そんなフリマの一角だった。


日本からレコードを買いに来たのだと告げると
老人はたいそう興奮した。


狭いブースの中は値段ごとに分かれていて
通路にせり出すようにバーゲン品も置かれていた。


商品の説明、といっても
値段に分かれているくらいのことなのだが、
老人の話は止まらなかった。


そのうち、
ぼくらを案内してくれた友人が
笑いをこらえていることに気がついた。


知ってやがったな!
このじいさんの話が長いことを。


「おまえたちは日本からわざわざ来なさったのか。わざわざこんなとこまで。そりゃたまげることだよ。いっぱい買ってくれたら、その分負けてやるよ。そっちの箱の中にはけっこういいのも入っとるよ。そうだ、バディ・エモンズは聴いたことがあるかね。あれはすごいレコードじゃよ。その辺にあったと思うがの。おお、これこれ。スティールギターでジャズをやっとる。どれどれ、かけてみようかの。良い曲が入っとるから、かけんといかん。ほれ! あら? あんまり良くないのお。しまった! 回転数を間違えとったわ。どうじゃ。買わんか? 買うか? そうか? あれ? ジャケットはどこに行った? ジャケが見当たらんぞ。そっちか? こっちか? 困ったのお。ところで、ジョニ・ジェイムスのレコードはいらんか? わしはこないだ、彼女に会うたよ。知り合いなんじゃ。若いときはそりゃあきれいじゃった。今? 今もきれいさ。ばあさんだけどな。バディ・エモンズ、無いのお。おまえ、ひょっとして取ったか? ウソじゃよ、ウソ! ほわっほっほっほっほっほっほ(笑い声)」


ネヴァー・エンディング・ストーリー……。


しかし、この老人、
とにかく陽気で
どうにも憎めないのだ。


ジョニ・ジェイムスの話もホントかウソかわからないが、
話の真偽はどうでもいいという気がしてくる。


ぼくたちにせわしなく話しかけている間にも
三々五々とお客が訪れる。
すると、しゃべりの矛先はしばらくそちらに向かう。
彼らが呆れて帰るとまたこっちに戻ってくる。


終わらないおしゃべりに何とか相づちを打ちながら
何とか数枚を見つけ出し
ようやく会計に漕ぎ着けた。


大江田さんがおずおずと
「領収書を書いてほしいのだが」と申し出ると
老人は一瞬目を見開いて固まった。


そして次の瞬間、
この日一番の大きな声で
腰から崩れ落ちんばかりに体を揺さぶって笑い出したのだった。


「うほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ。
 げほっ、げほっ、げほっ……、わしゃ生まれて初めて言われたわ。
 領収書を書いてくれじゃなんて、このわしに!
 うほっほっほっほっほっほっほっほっほっ……(そのあとも長いので略)」


バディ・エモンズのジャケのこと
もう忘れてるかもしれないけど
どこかから出てきますように。


まだまだ全然話し足りなそうな老人に
さよならを告げ、
何とかその場を逃げ出した。


翌年、
そのフリマを再び訪れると
老人はすぐにこう言った。


「おお! おまえら、また来たな。
 忘れはせんよ。
 なにしろ、わしが一生でただ一回だけ
 領収書を書いた客だからな!
 さあ、しゃべろう!」


最後のひとことは
ぼくの頭の中で勝手に鳴り響いた妄想だけどね。


残念ながら
このフリマはその後、火事に遭い、
今はもう営業をしていない。


今でもあのじいさん、
どこかでしゃべり続けているのかしら。
そう考えるとぼくは
困ったような寂しいような気持ちになる。


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子供のためのレコードを専門に発売していた
Goldenというレーベルで吹き込まれた
ホーギー・カーマイケルのアルバム。


この12年後、
ボストンのローカルTV局で
彼は「ホーギー・カーマイケルズ・ミュージック・ショップ」という
子供向けの音楽番組のホストを務める。


その番組に起用された地元の若いジャズ・グループ、
スターク・リアリティは
ホーギーの楽曲を解体し、
原曲のメロディと浮遊感を活かしながら
まったく別物に変化させていった。


そこで使用された耳馴染みのないオリジナル楽曲の大半が
このアルバムに収録されたものだったと知ったのは
つい最近のことだった。


そんな発掘の仕方をするとはね。
またしてもホーギーに
やられた気分になっている。(松永良平


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