かまやつひろし / 釜田質店

Hi-Fi-Record2009-06-16

The Cool School 22 カモナ・マイ・ハウス


レコードショーで一心不乱にお目当てを探しているときや、
レコード屋で収穫をうず高く積み上げているとき、
誰かに話しかけられるという経験は
少なくない。


多くの場合は、
ディーラーたちからの自分の倉庫に来ないかとのお誘い。


そういうときは、
彼らが実際にショーで売っているレコードを前もって見ることが
倉庫に出かけるまでの傾向分析と対策になる。


問題は
そうしたプロフェッショナルな流儀を持たない
半ば素人に見えるひとたちからのお誘いだ。


「ウチにも古いレコードがいっぱいあるんだが
 時間があったら
 見に来てみないかね?」


“古い”と言っても、
額面通りに受け取っていいわけじゃない。


もしそのひとが20代くらいの青年だったら、
彼にとっては80年代のレコードだって十分古い。


中古レコードを扱う者たちの符牒として言わせてもらえば、
“古い”という尺度は
1969年以前を指すものであってほしい。


それと同様に
“珍しい”にも注意を要する。


不謹慎な話だが、
そのレコードを貯め込んでいた人物が
物故した彼の父親だったとしたら、
子供である彼にとってはレコードそのものの存在が
すでに“珍しい”という場合は少なくないからだ。


ぼくたちの符牒としての“珍しい”とは、
レコード店に仕切りを作ったとしても
そこにレコードが加わることは滅多にない、というくらいが
最低線の尺度だと言っておきたい。


しかし、
好意で申し出てくれている相手に対し
そんな講釈を垂れるのはいかにも野暮だ。


というわけで
ほとんどの場合、
ぼくたちはその話に乗る。


英語で言えば「You never know.」。
何が起こるかは
彼にも
ぼくらにもわからないからだ。


ある北の街でのこと。
大きめのジャズ屋さんでレコードを見ていたら、
ひょろっとした中年男性に声をかけられた。


古くて珍しいレコードが自宅にあるのだと言う。


少し時間もあったし、
その店での収穫が今ひとつでもあったので、
そのお誘いに乗ることにした。


家に入ると、
奥の部屋に案内された。
おお!
数こそ膨大ではないけれど、
一目でわかる。
このひとのレコードは、
言葉本来の意味で古くて珍しい!
しかも、盤もジャケもとてもきれいだ!


嬉々としてレコードを引き抜いていると、
彼がぼそぼそっと話しかけてきた。


「わたしのレコード、いいでしょう。
 でも、安いの、ありません。
 どれも、高いです。
 わたし、珍しさ、きれいさに、自信あるのです
 あなたたち、高い思っても、絶対、損しません」


さっきから薄々感じてはいたのだが、
彼の話し方がちょっと変なのは
東欧からアメリカにやって来て
まだ数年だからだった。


この国で生き抜くために
自分のレコードの知識を使い
価値のわかる客に売って暮らしているのだ、と彼は言った。


普段は定職で働いているが
サラリーは決して十分ではなく、
レコードへの知識が妻と子のいる家計を支えているのだという。


やがては店を持つのかと訊くと、
今のスタイルがいいのだと、
ちょっとさびしげにかぶりをふった。


近所の店やレコードショーに出かけては
甘い蜜を探す蝶のようにふわふわとしたお客を見つけ
ハントして我が家に連れてくるビジネス。


彼が付けている値段は
無謀ではないが
リーズナブルでもない。
確かにものは珍しいから
正当だと言えば正当だ。
だが、それは他店やネットの世界と競合して
勝ち抜いていける価値観じゃない。
そのことも彼はわかっている。


だからこそ
そういう情報から隔離された
自分だけの巣へ連れてくることが大事なのだろう。


そのやりくちには
アメリカに野心を抱いてやってきた
英語も不自由な音楽好きの孤独な男が抱えている意地と
誰かにわかってほしいというひと恋しさとが入り交じっている。


しばらく見かけていないが
相変わらず彼は不自由な英語で
お客をハントし続けているのだろうか。(この項おわり)


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ムッシュの名盤と言えば、
言わずとしれた傑作ファースト「Monsieur」か
それとも豪華なメンバーの「あゝ我が良き友よ」か
小西康陽さんプロデュースの「我が名はムッシュ」か。


迷いに迷っているうちに
いつも伏兵として登場し、
何故か我が家で流れているのが
この「釜田質店」。


猫所有者としては聴き逃せない「近頃のネコ」が入っているし、
なにしろ一曲目の「青春晩歌」で
ぼくはホロホロにとろけてしまう。


カントリーを
スタイルの上っ面だけでなく
どこにでもる日本人の郷愁に結びつけてしまう
このひとの才能を心底すごいと思う瞬間だ。


オリジナルLPのジャケットは
ジェシ・ウィンチェスターのファーストを模したかのような
四面を顔面アップにしたものだが、
かまやつさんの方はそれぞれ違う顔になっている。


そのさりげないヴァラエティに
かまやつさんの真髄は、やっぱりある。(松永良平


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