井上 忠夫 / DANCING SHADOWS
レコード会社に勤め制作に関わるようになってから、シングルのイントロの長さに興味を持つようになった。
僕がそうした仕事をしていたのは、70年代の半ばからほぼ20年ほどのこと。J-Popがマーケットの主流となった80年代中期以降ならばいざ知らず、70年代ではAMラジオでオンエアしてもらうために、イントロは短めにとされていたように思う。イントロの長さは10秒以下。それがシングル・ヒットを望む制作者には必要な配慮だった。
そのせいか、イントロの長さで、その作品がシングルヒットを目しているのか、放棄しているのか、そんなことを考えるようになった。
もちろん例外は多い。
しかし10秒のイントロに渾身の力をこめるアレンジャーの優れた仕事に出会うとき、心から感動した。
なかでも萩田光男さんの技に舌を巻いた。萩田さんが本気になった時のイントロには、鬼気迫るものがあった。
このアルバムの冒頭曲。
曲は井上忠夫。作詞は伊藤アキラ。アレンジは、萩田光男。
イントロの長さは、33秒もある。パターンのリズムを繰り返し、微妙な転調を加えながら高揚を与え、ボーカルに明け渡す。緊張が解き放たれる一瞬が訪れる。そこまでに33秒。
33秒のイントロを持つ楽曲をアルバムの冒頭曲に配するということ。アルバムの音楽内容の方向を指し示す響き。これから始まるドラマの幕開け。勢い良くドアを開け放つために、しなやかなタメを作ること。そのための33秒。
アルバムの冒頭曲のイントロ、という場所に与える使命が、はっきりと自覚され、それが実現されている。この33秒には、決意が込められていると思った。
ほんの少しの期間、かつて井上さんと仕事をしたことがある。
優しく、しかし決然とした方だった。
プロがプロらしく、誇りを持って音楽を仕事にしていた時代に生きた方だということが、このアルバムを聴くととてもよくわかる。(大江田信)