The Lovin’ Spoonful ラヴィン・スプーンフル / Daydream

Hi-Fi-Record2009-06-22

The Cool School 24 待ちぼうけ その1


「一時間ぐらいで終わるから」
それがぼくのいいわけだった。


その年の夏、
突然、アメリカにやって来たのは
純粋に買付が目的ではなかった。


急に決まったライヴ取材で、
取材とは言え、ほとんど自腹の渡航だったので、
どうせなら取材後に買付をしようということで
弟を夏休みがてらドライバーに誘ったのだ。
弟の航空券はマイレージを使って調達した。


前に「長いドライブ」の回にも登場した弟のことだ。
今回の話は、
あれから数年経っている。


ライヴまでは
まだ少し日にちがあったので、
お気に入りの港町まで車で行くことにした。


ホエール・ウォッチングが有名だという
北のしずかな港町。
小さな入り江に
軽井沢を思い切り地味にしたような
気取らない商店街があって、
余生を過ごす老人たちが歩いている。


ベン・ワットの歌った「ノース・マリン・ドライブ」は
イギリスの海岸の話だが、
この港はぼくにあの歌を思い出させる。


そしてこの街の一番いいのは
東海岸の急所とでも言うべき
すぐれたレコード屋が一軒隠れているところだ。
せっかくなんだから
行っておくべき。
ちょっとした買付も出来れば、
そんなにいいことはない。
もちろん前半は買付はしないと約束もしていたから、
弟には「一時間くらいで終わるから」と
軽く言い含めておいて。
実際に短く切り上げられるかどうかは別の話で。


もっとも
夏でも涼しい気候と
輝く海岸線と
瀟酒な街並に
彼は目をキラキラと輝かせていたので、
そんな心配は杞憂に終わるかもしれない。


店は2階建てで
1階にはロックやソウルやCDが、
2階にはジャズやイージーやクラシックやその他ジャンル、
そして茶色くすすけた古本を売っている。


結構な稀観本も含まれているのか、
ぼくたちが店にいるときに訪れる客層は
レコード目当てよりも
むしろ本目当てが多い気がする。


店主は
背が高くてがっしりとした中年男で
いつも黙々と仕事をしているが、
古本にもかなり精通しているんだろうな。


その精通ぶりはレコードからも十分にうかがえる。
変わったもの、掘り出しものも多い。
だから、隅から隅まで見なくてはならない。
ぼくはいつも2階から見る。


この日もいきなり、
あらあら、あららららら……と
するどいレコードが出てくる出てくる。


やがて、
弟が階段を上がってきた。
一時間経過か……。


弟「いい街ですな」
ぼく「いい街でしょう! もうちょっと散歩してきたらどう?」
弟「ちょっと土産を買うのにいい感じの店があったから、行ってみるわ」


すでにおわかりだろうが、
そのとき、一時間で終わるつもりは
さらさらなかった。


レコード屋というのは生き物なので
たまにはハズレ=買うものがあまりない、というケースもある。


だから、
最低所要時間が一時間と
ぼくは見積もったのだ。


まいったな、まいったぞ、と
うれしいひとりごとをぶつぶつ言いながら
ぼくはさくさくとレコードを引っこ抜いていった。


やがてふたたび弟がやって来た。


弟「いい街ですが、もう飽きましたぞ」
ぼく「申し訳ない。もうちょっとぶらついて来てくれんか?」


ぼくのそばに積まれたレコードの山を見て
弟は目を丸くした。


こんにゃろう、
買付はしないって言ったじゃないか。
そんなメッセージが弟の瞳の中にメラメラッと立ち上った気がしたが
しょうがない。


あ、ほら、
また見つかった、
見たことないレコード。
病気だわ、これは。(この項つづく)


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「最近、ラヴィン・スプーンフルばかり聴いてるんですよ」


そう言ったのは、
昨日、雨がそぼ降る中を来てくれたお客さん。


ラヴィン・スプーンフルと言えば
ジョン・セバスチャンが素敵だということになるのだが、
ザル・ヤノフスキーのことも忘れてほしくない、
という意味のことをぼくは言った。


「魔法を信じるかい」のイントロで使われているコード進行が
音楽の魔法そのものであることはぼくも認める。


でも、あの曲の間奏で聞こえるザルの弾くギターソロも
なかなかイカした発明だと思わないか。


ギターソロはこのメロディでこんなふうに弾いてね、
なんて決めごとをしたり、
楽譜に書いたりなんてことは
彼らはしていなかったと思う。


同じように
このアルバムに入っている「うれしいあの娘」の
イントロのギターの音色も
ザルの立派な発明だ。


ぼくの好きなラヴィン・スプーンフル
ザル・ヤノフスキーがいて
ギターをザクザクと弾いているバンドのことなんだと
あらためて確信した。(松永良平


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