ハイ・ファイ・セット / Flash

Hi-Fi-Record2009-07-31

 ハイ・ファイ・セットのアルファ専属時代の音源がまとめられ、主要曲のシングル・テイク、アルバム・テイクが収められたり、インストルメンタル・ヴァージョンが収録されるなど、初めて聞く興味深い音源も多く、このところ毎日のように聞いている。
 山本ご夫妻、大川さん、お三人の役割の違いと言うか、それぞれのポジショニングについて、はじめてきちんと受け止め感じるものがあったり、松任谷正隆さんのアレンジの素晴らしさに改めて感じ入ったりと、発見の多い時間を過ごしている。


 先日、子供の頃から長い間、クラシック・ピアノを学んできた方と、長時間お話する機会があった。ドビッシーが素晴らしいとか、演奏家は一度はラヴェルに向かうとか、グールドのうなり声がすごいとか、ちょっとお酒も入っていこともあり、傍で聞くとなんとまあ乱暴で勇ましく僭越な会話をしているのだろうと思われたことだろう。酒席の駄弁を楽しんだのだ。
 そんな時に、彼女がベートーヴェンを弾いたコンサートで、ある種の啓示的な体験をしたことがあると、ポソッっとした語り口で述べた。簡単に言えば、こういうことになる。
 ベートーヴェンが降りてきた。


 良い言葉だなと思った。
 ある友人に寄れば、クラシックの人って、よくそういう言い方するよね、ということなのだそうだ。彼女もピアノを弾く。
 ピアノを弾きながら、どこかで、そういうこととして作曲家と向き合っているのだろうか。


 「降りて来る」という表現を使いたいなあと、ハイ・ファイ・セット山本潤子さんのヴォーカルを聞いていると、思う。意味合いはまったく違うけれど。
 タイミング、フレージング、声の伸びやかさ、そして押さえた情感。そのどれもが素晴らしい。
 例えば「最後の夏休み」。
 物語の主人公や、背景になっている風景を、丁寧に点描する画家のような態度で、距離をおいて歌う。決して主人公にはならない。
 だからだろう、ぼくは「降りて来る」声として聞き取るのだと思う。(大江田信)



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