Bruce Cockburn ブルース・コバーン / Salt Sun And Time

Hi-Fi-Record2009-08-01

The Cool School 40 ちょっと待った


東海岸のレコード・ショーに行くと
一時期、毎回のようにその男に遭った。


1969年のウッドストック・フェスティヴァルか
映画の「イージーライダー」から抜け出してきたような
イカーなルックス。
だらっと伸びた長髪にバンダナ、マッチョひげ。
それで若けりゃ文句はないが
見事な中年なので
結構な哀愁も漂う。


背後には展示用の板を立てかけて
サイケやオールディーズのレア盤をこれみよがしに飾り、
腰に手を当て仁王立ち。


ある意味、
アメリカ人の筋金入りのロック・コレクター”という
パブリック・イメージを体現するようないでたちだ。


しかし、
そんなにわかりやすい風体で
素晴らしいレコードを売っているのだから
男の周りにはひとだかりが出来ていたっていいはずなのに、
いつでも鳴いているのは閑古鳥。


本人は見事な蝶のつもりで羽根を広げているのに
周囲には蛾にしか見えていない、
なんて言ったら失礼か。


それでも、
ときおり催淫ガスというのか
レア盤の見栄えに誘われて
不幸なディーラーたちが男のもとに吸い寄せられることがある。


かく言うぼくも
そのひとりだった。


「よさげだけど、高いな」
不思議なもので、
こういうシチュエーションでは
言葉に出してはいないのに
思っていることは顔に出る。


男はそれを察して
ぼくに声をかけてきた。
「ヘイヘイヘイ、値段ならまかせな。
 おれはかなり勉強する男だぜ」


その気安さがまたあやしげなのだが
ものは試しにと2枚ほど提案をしてみた。


「これとこれか。あわせて●●ドルのところを
 もひとつこれと一緒に●●ドルでどうだ?」


ちょっと待った!
これ(A)とこれ(B)のことを訊いたんだよ。
確かに割引かもしれないけど、
あんたの言う、もひとつこれ(C)って全然欲しくないんだけど。


「はあ? そうなのか?
 でもおまえ、これ(C)を知らんのか?
 これはすごいレコードなんだ、かくかくしかじか……」


不満そうにうそぶく男は無視して
とにかく最初の2枚の盤質をチェックさせてくれと頼む。
あんまり良くない……。


またしても、その心情が顔に出てしまったのか、
男は再度条件を出してきた。


「よおしわかった、それ(A)とそれ(B)なら▲▲ドル。
 で、これ(C)とこれ(D)をつけて●●ドルだ」


ちょちょちょちょおーっと待った!
だから、それ(C)もそれ(D)も
いらないんだってば!


話が長くなりそうなので
「あとでまた寄るかも! ごめんね!」と
適当にあしらってその場を立ち去った。


離れるときの男の顔は
そのときだけは本当にさびしそうに見えた。


その後、別のレコード・ショーで
ふたたび男を発見した。
また、あいつか……。
しかめ面を見られないように、今度はこそこそと移動する。


そのショーで出会った日本人の若いディーラーは
男の家まで行ったことがあるんですと
苦々しくぼくに語った。


「あいつ、
 家にまだ見せてないレア盤がざくざくだからって言うから
 わざわざ付いて行ったら、
 トレーラー・ハウスに住んでて。
 買うものなんかなくって、
 結局、おれ、箱の移動を手伝わされただけだったんですよ」


たぶん、それは憎むべきことなんだろうけど、
不思議と彼の口調は怒りには満ちていなかった。


その気持ちはぼくにもわかる気がした。
遠目に見える男の姿は
おれの好きなレコードを
おまえたちも好きになってくれたらいいのにと
しょげかえっているように見えるから。


わるぎは
ないんだろうなあ……。


その一点においてのみ愛すべき男、
彼は今週末もどこかのショーにいるはずだ。(この項おわり)


===================================


昨夜のNHK世界ふれあい街歩き」は
カナダのヴァンクーヴァーだった。


道中、
ギターを持ったシンガーソングライター志望の男と出くわし
彼が一曲を披露するのだが、
そのギターのボディに
デカデカとMySpaceのアドレスが描いてあって笑ってしまった。


笑っちゃったけど、
その歌にはちょっとジャズっぽいところもあって
荒削りだけどそれなりに魅力のあるものだった。
カナダっぽさも、ほんのりとあった。


カナダのシンガーソングライターというと
ニール・ヤングジョニ・ミッチェルといった超有名人から
コレクター泣かせのマニアックな逸材までいろいろいるけれど、
結局、皆がカナダ人SSWに求める魅力の最大公約数は
ブルース・コバーンの初期の数枚、
いや、セカンド「雪の世界」に
落ち着してしまうのではないかという気もする。


それでもぼくには
この「Salt Sun And Time」も捨てがたい。


なにもすることがないときに聴くと最高な
ダウナーなジャズ・インスト「Rouler Sa Bossa」が
好きなのだと言ったら
怒られるだろうか?(松永良平


Hi-Fi Record Store