三上 寛 / ひらく夢などあるじゃなし

Hi-Fi-Record2009-08-04

The Cool School 41 サンクスギビング・デイ


サンクスギビング・デイ(感謝祭)の日、
買付で北の街にいた。


毎年11月の第四木曜日に設定されている
アメリカ人にとっての三大休日のひとつ。


あとのふたつは
7月4日の独立記念日
そしてクリスマス。


それぞれに大きなホリデイだが、
感謝祭は日本で言えば“お盆”に近い性質があり、
故郷を離れて暮らすひとたちが
パパやママ、グランパやグランマの待つ実家に帰るのが
何よりの一大イベントになっている。


そんなふうに
都市からひとが消えてしまうわけだから
商売もあがったり。
レコード屋だってその例にもれずだ。


キリスト教にもとづくホリデイなので
街中でやっているのはインディアン・レストランだけ
なんてジョークもあるくらいだという。


もちろん大江田さんは
感謝祭と今回の旅程がダブるのを事前に知っていたのだが、
この街にある巨大なチェーンの中古レコード屋
どうやら営業しているらしいという情報をキャッチ。
だからぼくらは
この街に来たというわけだった。


果たせるかな、
平日の真っ昼間、
活気の失せた街のメインストリートで
その店だけはいつも通りにオープンしていた。


しかし、
中に入ると、
お客がいない。
いつもはにぎわっている広いフロアは閑散として
店員の数も全然少ない。


でも逆に言うと
それってぼくらにとっては貸し切り状態ということなのだ。
どのみち今日は
ここ以外に行く店はない。
根を生やしたつもりで掘り尽くすぞと腹を据えて
買付に取りかかった。


アナログ・フロアの店員は
この店に来ると必ず見かける長髪の中年男。
愛想がいいわけでもないけれど、
彼がかけるBGMはぼくの好みだった。


ベル&セバスチャンの新譜と
レッドボーンの「カム・アンド・ゲット・ユア・ラヴ」を
何食わぬ顔でつなげてかけて
ぼくを立ったまま失神させたりする。


感謝祭の日も
彼はいつものように淡々とレコードをかけながら
補充や接客をしずかにこなしていた。


こういう日に働くのは
よっぽど音楽が好きなのか、
休日出勤みたいな意味で特別手当があるのか、
それとも彼は異教徒なのかしら?


「違うよ。
 彼はひとりものなんだ
 ここでこうやってレコードといれば
 感謝祭に里帰りなんかしなくたっていいのさ」


え? 誰?


その声は、ぼくの頭の中で鳴ったものだった。
本当のことなんか知らないよ。


ただ、
この日、
彼がかけるゴキゲンBGMには
5%ほど切ない感じが入り交じって聴こえて
いつもよりさらに親しく感じられた。
それは本当のこと。(この項おわり)


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昨日書いた三上寛の話のつづき。


90年代に入って
ぼくにはにわか三上寛ブームが訪れる。


高円寺の喫茶店で働いていたとき、
三上寛のレコードにすごくお世話になった。(その話はこちら


このとき
実は心もちゃんと打たれていたのだ。


ほどなくして吉祥寺の小さなライヴハウス
初めて三上さんのライヴを見た。
70年代と変わらぬ歌に凍てついた感動を覚え、
間奏でステージを斜め移動しながらギターを弾く姿を
憎からず思ったりもした。


その感動を誰かにつたえたくなり、
今度は上京していた弟と一緒にライヴを見に行った。


友部正人さんとのライヴで
場所は武蔵野美術大学


この日も三上さんは
しっかり斜めに移動した。


思いのほか、弟の感動は大きく
このあと、しばらく彼の家の留守電のメッセージには
「あなたもスターになれる」が使われていた。


そう、まさにこのイントロから。(松永良平