ローリング・リリー / リリー婦人の7分半ピアノロール

Hi-Fi-Record2009-08-07

The Cool School 42 In My Time Of Dying


ただでさえばかでかい店に
中古のアナログLPしか置いてない。


どうしてこんな山の中の街に
かくのごときワンダーランドが存在しているのかと
ぼくはしばらく口をぽかんと開けたまま
レコードを見ていた。


お店同様に
大きく太って豪快な店主も
ぼくたちにすごくやさしくしてくれた。


どれだけたくさんのレコードがあったって
たいていのディーラーたちは
12インチとかジャズとか
自分の専門分野だけサクサクと見て
抜くものだけ抜いてさっさと行ってしまう。


ぼくらのように
「わー」とか「うおー」とか言いながら
ほぼ全ジャンルを2日も3日もかけて見る客は
そうはいないのだろう。


そのうち店主が
話しかけてきた。


もしこの街で過ごす時間がもう少しあるなら
うちのウェアハウスは見にこないかと言うのだ。


さいわい明日のスケジュールに少し余裕があった。
それを告げると
店主自身は明日は都合がわるいが
代わりに店の者に案内させるからと
大きな声でひとりの店員を呼びつけた。


じゃあ明日10時に店の前で、と
待ち合わせの約束をして
その日はお開きとなった。


翌日、彼の先導で
車は川沿いをくねくねと進む。
やがて中くらいの鉄工所みたいな建物の前に車は停まった。
どうやら、ここらしい。


鍵を開けてもらい中に入る。
「メシでごめんな」
飯を食うのではない。
メッシー=messyで、散らかっているという意味。
この意味を身をもって覚えたのは、このときだった。


しかし、散らかって見えるのは
そこら中に空の箱や什器が転がっているからで、
レコードを収めた棚そのものはアルファベット順にきちんと整理され
3メートルほどはあろうかという高さで
数列にわたってそびえ立っている。


問題は、
地面の方がそういう状態なので
はしごが使えないということ。
というわけで、
低いところは大江田さんが、
高いところは棚のでっぱりに足をかけた状態で
ぼくが上まで登って見るという役割分担になった。
運動神経はいい方ではないけれど
申年生まれとしてここはひとつおだててもらって木に登るしかない。


事件が起きたのは
見始めてから小一時間ほどしたころだった。
事件というか、その当事者はぼくだった。
そうです。
つまり落っこちたんです。


「うあー」という声を聞いて大江田さんたちが駆けつけたとき、
ぼくは「なははははははは」と笑っていたという。


実際は笑える話ではなかった。
3メートルの高さからバランスを崩して
後ろ向きに下まで落っこちたのだから。


助かった理由のひとつは
地面に散らばっていたたくさんの空箱がクッションになってくれたこと。
さらに言えば
棚と棚との間隔が狭かったので
落ちながら無意識に棚の出っ張りに引っかかって
落ちるスピードが多少緩められたこと。


背中や腕が多少痛みはしたけれど
起き上がってほこりを払ってみて
どうやら普通に動けそうだ。


もう一度猿登りを始めたぼくを見て
大江田さんが「大丈夫か」と声をかけた。


大丈夫じゃないんです。
だって、あの落っこちた上には
ヘンリー・ギャフニー(NY産シティポップの人気盤)のデッドストックが
何枚もまとまってあったんですから。
それを抜かなきゃ死ねないぞ、と。


帰国後、
そのときのことを思い出して
精密検査でもした方がいいかと考えたこともあったが
さいわいのところ十年近く経っても
からだには何の不都合もない。


とにもかくにも
それがぼくにとって
レコードを買いながら一番死に近づいた瞬間だった。(この項おわり)


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黒船レディと銀星楽団のピアニストであり
作曲とアレンジで水林史さんを支える廣田ゆりさんの
待望のソロ作品が完成したので
ハイファイでも扱うことにした。


彼女が挑んだのは
この21世紀にあえて100年以上前の流行である
自動ピアノを鳴らすためのピアノロール的サウンド


「4曲で7分半しかないんです」と彼女は不安がっていたが、
そんなの何の関係もない。


ジャケに描かれたロールケーキを
一個食べ終わるくらいの時間を
気持ちのいい音楽と過ごせることが
ゆたかでないはずがない。


しかも相性がよければ
その7分半は永遠になる。
何故なら、何度も聴き返したくなるから。


ごちそうさまです。(松永良平


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