Enid Mosier イーニド・モージュ / No Cover, No Minimum

Hi-Fi-Record2009-08-11

The Cool School 44 ロックな数の数え方


5年ぶりに訪れたその店は
営業時間が若干変更になっていて
店に着いたその瞬間がまさに閉店のときだった。


あわてて駆け込んで
「もう閉店ですか?」と訊く。
わかっててもわざと訊くのだ。


アメリカの俳優ジョン・グッドマン似の
太った店主がじろりとこちらを一瞥。


「どこから来た?」
「日本から」
「何を買う?」
「ヴァイナル。ユーズドの」


少し考えて、彼は店員を呼んだ。
「おーい、地下の灯りを点けてくれ」


やった!
ぼくらが買う間だけ待っていてくれるみたいだ。
案内してくれた店員におずおずと訊ねた。
「どれくらい大丈夫かな……?」
「さあね、テイク・ユア・タイム(ごゆっくり)!」


こうした延長戦は珍しいことではない。
とくにぼくらの素性が“いちげん”ではなく
ディーラーだとわかるとなおのこと。
あちらもビジネスなのだから。


しかし、
そこにあるのは居残りの時給と売上を見比べる
打算だけではないとぼくは思う。


目の前にあるごちそうを
食べさせてもらえなかったときの気持ちを
よく知っているからなんじゃないかな。


数時間後、
めでたく収穫も上々で
ぼくは会計に臨んだ。


「おまえはイージーリスニングが好きか」と
興味深げにレコードを眺めたり、
「おお、ダスティ。彼女は亡くなったんだ」と
胸に手を当てたりする。
久々の訪問で、向こうがこっちを覚えていようがいまいが
店主のユーモラスなリアクションは変わらない。


何よりそれが
ぼくたちにこの店のムードを
強く思い出させてくれる。


「キャッシュだったらこれだけまけるよ」
その額が大胆だったので
迷わずぼくはキャッシュを選んだ。


お札を出すとき
「いーち、にー、さーん……」と声に出して数える。


そのとき店主が言った。
「ちょっと待った。
 日本の数の数え方を
 もう一度初めから教えてくれないか?」


ぼくは注意深く声を出した。
こういう場合は似た発音の英単語を意識するのがいい。


「いーち(each=それぞれの)」
「にー(knee=膝)」
「さん(sun=太陽)」
「しー(she=彼女)」
「ごー(go=行く)」


そして最後が
「ろっく!(rock=ロック)」


店主もつられて「ロック」と口を小さく動かしていたのを
ぼくは見逃さなかった。


営業延長のお礼を述べ
愉しい気分で店をあとにした。


札が7枚だったら
あのオチ、成立しなかったなとぼんやり思いながら。(この項おわり)


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「No Cover, No Minimum」とは
アメリカのライヴを聴かせるクラブで
ときどき見かける表示。


正確には
「No Cover Charge, No Minimum Order」のはずで、
要は、
ライヴのチャージ(料金)いただきません
ご注文の最低金額も設定していません
という意味。


もちろんそれは
自由に聴いていってくれよ、という意味を転じて、
「必ず一杯やりたくなる演奏だからさ」という反語でもある。
日本語で言えば
「お代は見てのお帰り」って寸法だ。


イーニド・モージュの
すっとんきょうなお色気にあてられると
家で聴いても一杯やりたくなるものね。(松永良平


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