筒井康隆、山下洋輔 / 筒井康隆文明

Hi-Fi-Record2009-08-12

The Cool School 45 ごあいさつ


レコード屋のドアを開けて中に入る。
カウンターの誰かと目が合う。


「ハイ」と軽く挨拶。


気さくな店主なら
「ハウ・アーユー・ドゥーイン?」と返事が返ってくる。
商売っ気のさかんなタイプなら
「ワッカインド・オブ・ミュージック・ドゥユウォン?」と訊いてくる。


そんなやりとりを経て
日本からレコードを買いに来たんだと自己紹介をする。
それからおもむろに
ポータブルのレコード・プレーヤーを取り出し
「ウヂュマインド・ユージング・ディス?(使ってもかまいませんか?)」と訊く。


この「Would you mind」を使うようになるまでは
プレーヤーの使用を切り出すのがひと苦労だった。
プレーヤーを売りつけたいのかと勘違いされることもあったし。


それと、
英語に慣れてないとドキッとしてしまうのが
「Would you mind」に対する先方の返事が
「No=OK」だということ。


「No」と笑顔で言われて
許可をもらっているのにもかかわらず
「え? 使えないの?」と
すごすごプレーヤーを引っ込めようとしたこともありました。


ただし、
こういう何気なくも愉しいやりとりは
店主が朗らかな場合に限る。


先日訪れた店では
奥から出て来た初老の店主、
こちらの「ハイ」に対して
まず返事がない。
何しに来たとも
何を買いに来たとも訊かれない。


あちゃちゃ、
陰気なタイプのインテリ店に当たっちゃった。


仕方がないので
日本からレコードを買いに来たんだけど……と言うと
「この店全部買ってくれるのか?」ときつい皮肉で返された。


続けて
「ウヂュマインド・ユージング……」とプレーヤーを見せると
「ゴーアヘッド」と投げやりな返事。


ニコリともしない店主にあきれつつ
ぼくらは買付を始めた。


困るのは
この店の品揃えは何ひとつけなすに値しない
値段もコンディションもAクラスだってことだ。


ひとがいいからレコードもいい、なんて
愛にあふれた公式だけじゃ解き明かせないこの世界の奥深さを
ときどきぼくはこういうふうに知る。(この項おわり)


===================================


ぼくが中学生だった80年代初めは
たぶん何度目かの筒井康隆ブームが起きていたころで
角川文庫で初期作品集がずらりと揃って発売されていた。


山藤章二のイラストによる
白と黒だけを使ったアートワークが素晴らしくて
小遣いをはたいて買い集めた。


高校に入ると
全集の刊行が始まり、
すべてをそろえると
特典でLPレコードがもらえるという触れ込みに興奮したが、
高校生には価格の設定が少し高かったので
図書館で断念した。


八代市の図書館にはほぼすべてが収蔵されていたはずだが、
あの特典LPが
図書館で貸し出されることはなかった。


その代わりに
大学に入って上京してほどなく見つけたのがこのアルバムだった。
大好きな「バブリング創世記」が音楽劇になっていることが
とてもうれしかった。


この企画は
当代SF巨匠三人そろい踏みで
LP一枚ずつを発売するというもので、
星新一はオリジナル落語を書き下ろしたが本人は登場せず、
小松左京は作品からインスパイアしたシンセ音楽に事実上、名前を貸しただけ。


筒井さんだけが音楽に本気だった。
それを自分のことのように誇らしく思った。
その若さが少しなつかしい。(松永良平


Hi-Fi Record Store