Phil Cody フィル・コディ / Phil Cody

Hi-Fi-Record2009-09-12

 旅に出る前に、目的地とそこまでの過程を綿密に調べ上げて、それも旅行ガイドはもちろんのこと、作家や識者のエッセイを読んで想像をたくましくするのが好きな僕は、周囲から「旅に出る前にもう終わっているんじゃないの?」とよく言われる。松永クン式に言えば、「大江田サンは、決めるのが好きですからねぇ」ということになる。確かにそうなので、これには逆らうすべがない。


 ところがアメリカの買付けについては、行く先々の街のことを調べる暇なんか無く、いざ突入ということばっかり。旅行ガイドなんてあるはずもない小さな田舎町を渡り歩くという現実もあるけれども、それにしても当初はこれがとっても欲求不満だった。旅行ガイドがあり、それを読んで実際の旅に出るという方法が出来上がったのは、そう昔のことでは無いとするエッセイを読んだことがある(確か小林信彦氏による執筆だった)が、いわばこの旅行ガイド前提の旅に染まった悪しき患者の一人なのだろう、ぼくは。そんなことに、変なところで気がついたというか、気づかされた。


 なんにも調べずにニューヨークに行くことになった時には、焦った。焦ったところで旅行ガイドを読む時間など無く、結局のところ成り行きにまかせて、ニューヨーク経験豊富な松永クンの教えに従った。といったって、ニューヨークの空港から日本に帰ってくる、それだけのことで、さして街を歩いた訳ではない。あんなにホテル代の高い街、滞在には全く不向きだと思った。もちろん楽しかったことは言うまでもなが、それ以上にニューヨークの街を自ら運転する車で走る事がこれほどしんどいとは、思いもよらなかった。


 他のアメリカの街とは、全く比べ物になら無い。あれほどに多くの車が、あれほどに速いスピードで走っているのは、ニューヨークしか無い、と思った。しかも走っているのは、トラックやバス、タクシー、エグゼクティヴを送迎する黒塗りなど、プロの運転する車ばかり。
 深夜に2車線のハイウェイを走って空港そばのホテルに戻るとき、車幅の狭さに恐れをなしてセンター・ライン近くを走っていたら、後ろから迫ってきたトラックにブーブーとホーンを鳴らされた時は、心底からビビった。あわてて車を右に寄せたら、2車線のハイウェイの左側を、山のように大きなトラックが追い越していった。
 同乗の松永クンに、このドキドキを知られずにいるのは、難しい。寝ていたはずの松永クンが、大丈夫ですか?と心配げな声をかけた。
 まるてサファリに放り出された迷える子羊じゃないかと、自分の事を思った。


 ただし迷える子羊も、何回かニューヨークを走るうちに心臓に毛を生やす。というお話は次の機会にして。


 ニューヨークに行ったことはある。
 旅ガイドは、まだ読んだ事が無い。
 そんな僕のニューヨークにピッタリ来るアルバムの一つ。
 ニール・セダカの作詞パートナー、フィル・コディが歌う「New York City Blues」が収録されている。そしてアルバム冒頭の「Trying to Say Good-bye」に登場するトゥーツ・シールマンスのハーモニカも、ぼくのニューヨークの音色だ。(大江田)



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