Chet Baker チェット・ベイカー / Chet Baker Sings
ジャズというのは、基本的にエンターテイメントの音楽だ。
半世紀以上も前、ボールルームでのダンス音楽として形をなしてのち、ライヴを聴きに来る聴衆の前で生演奏され、そこで音楽家は収入を得ながら、受け継がれてきた。
あくまでもライヴを前提としており、"聴衆を楽しませること"が、音楽の根っこのところにある。
共同体の共有財産だった民謡をベースにしたフォーク・ソングとはその点が違うし、フォークをベースにして生まれ来てきたシンガー・ソングライターの音楽のありようとも違う。
シンガー・ソングライターの音楽は、もちろん聴衆に歌いかけてはいるのだが、それと同じくらいのエネルギーを持って自分自身に歌いかける。自分自身との呼応が、音楽の根っこのところにある。
レコードという複製メディアが、広く販売されることで音楽家の生活を成り立たせることが可能となってから大きく花開いたジャンルであり、必ずしも音楽家は生演奏を繰り返さない。
シンガー・ソングライターが、ジャズの雰囲気を取り込んだ音楽を作ることがある。そうしたジャジィなフォーキーの音楽は、実を言うとジャズ・ファンからはあまり好まれない。それはたぶん、この自分自身との呼応のニュアンスが好まれず、エンターテイメント性が欠けると思われるのだろう。
チェット・ベイカーは、ジャズ・ファンからもシンガー・ソングライター・ファンからも好まれる希有なアーチストの一人だ。特にこのアルバムは、多くのファンを生み出してきた。
「ジャズSSWというジャンルの生みの親」というハイファイのコメントは、実に的を得ていると思う。
どうしてそういうことになるのか、繰り返し考えているのだが、上手く言えない。
ちょっときくと口当たりがいいようでいて、その実は彼の音楽が、どこかしら自身の身を削りながら奏されているように感じさせる、そんな苦さを持っているからかもしれないと思う。(大江田 信)