Dan Hicks And His Hot Licks / Striking It Rich

Hi-Fi-Record2009-09-21

The Cool School 63 グリニッチ・ヴィレッジ1989 補修授業


前回まで書いた89年のニューヨーク行き。
さもひとりでずんずんと街を歩いたような描写になっているが、
正しくは同行がひとりいた。


大学の友人で
彼はぼくより一週間早くこの街に着いていた。
ワシントン・スクエアに近いホテルに
先に部屋を取っていたのも友人の方だった。


毎朝、
レコード屋が開店すると同時にふたりで駆けつけては
新しい入荷は無いかチェックしては
やいのやいのとかしましく過ごしていた。


そんな関係に
ふとしたことで危機が訪れたのは
ある店でのこと。


ぼくの見つけたバッドフィンガーの「ノー・ダイス」をめぐって
友人が「それはおれが買うべきレコードだ」と強く主張するのだ。


「だっておまえ、
 マル・エヴァンスのこと知らないじゃないか!」


友人はそう言い放った。


マル・エヴァンスとは
ビートルズのロード・マネージャーから身を起こし、
のちにバッドフィンガーとなるバンド、アイヴィーズを見いだした人物。
「ノー・ダイス」のプロデューサーも
ジェフ・エメリックとの連名で務めていた。


「なにをぅ!」


と返したものの、
20年前のぼくはマル・エヴァンスが誰なのか
実際のところよくわかっていなかった。


「ノー・ダイス」は結局見つけた者勝ちで
ぼくが手にしたものの
何だかやっぱり自分には資格がないような気もして
釈然としない思いは残った。


「ちぇっ、おれだって『嵐の恋』は大好きなのに……」


その店はここに書いた猫のいる店。
まさか日本人同士で
そんな小競り合いをしてたなんて店員も猫も知らなかっただろう。


そんなことがあってから
しばらくレコード屋に行くのはお互いに単独行動となった。


友人が心から欲しがっていたニッキー・ホプキンスの
「ティン・マン・ワズ・ア・ドリーマー」を見つけても
教えてあげない(ぼくが買った)。


おとなげのかけらもない。


旅の終盤。
トラベラーズチェックから換金したばかりの現金500ドルを
ぼくの不注意から盗難されてしまうという事件があった。


疲れと凹みでホテルのベッドで寝転がっていると
誰かがドアをノックする。


「よぉ」


友人の手には近所のチャイナ・レストランで買ってきた
テイクアウトのプレートがあった。
ホテルのフロントで事情は聞いてきたらしい。


「元気だしなよ」
「でも、もう現金がないんだよ」
「何言ってるの! これがあるじゃない!」


そう言って友人が見せたのは
この旅のためにふたりがそれぞれ作ったクレジットカード。


限度を知らなくなるのではないかという怖さもあって
カードはホテル代など
最小限必要な範囲で使うことに決めていたのだった。


「そうだね!」


そして封印は解かれた……。


ぼくたちは食事もそこそこに
遅くまでやっているレコード屋を目指して
久々にふたりで出かけて行った。


こうなったら
我慢してたあれも買うし、これも買うぞ。


そこから友人とぼくの借金地獄が始まるのだが、
それはまた別の話ということで……。(この項おわり)


===================================


先日、
お客さんと話をしていたときに、
「お店でも好きなレコードをいつも聴いているんですか?」と訊かれた。


答えは
エスでありノーでもある。


商品を店に出すときには
当然、コンディションのチェックのために
ある程度プレイしなければならないし、
また内容自体もチェックする。


買付時に一度耳を通過しているとは言え、
あらためて聴いてみての反応や発見を記しておく必要もある。


「そうすると、
 なかなか好きなレコードを通して聴く機会はありませんね」


お客さんの答えは
半ば感心、半ば呆れといった感じだった。


そのやりとりが頭に残っていたので、
ひさしぶりに好きなレコードを両面聴くことにした。


マリアン・プライスがこのアルバムで歌う
「アイム・アン・オールド・カウハンド」が
ぼくにとっての後半のハイライトだ。


そう言えば、
以前CD化されたときにこのアルバムを聴いたら
頭のカウントが削除されていてビックリした。
あのカウント、
今出回っているCDでは復活しているのだろうか。


そのことを発見して以来、
CDで聴く気がおきないので
いまだにぼくは知らないままなのだ。(松永良平


Hi-Fi Record Store