King Guion And His Orchestra キング・グイオン / Emotion, Inc.

Hi-Fi-Record2009-09-28

The Cool School 66 目がまわる


ずいぶん前の話。


坂の多い街の
長い坂をくだりきった正面にその店はあった。


らせんをかたどったぐるぐるのペイントをウィンドウにほどこした店構え。
店はそれほど古そうではないけれど、
白髪頭の店主はそれなりにサイケな時代をくぐってきたような顔。


その頑固さのおかげで
この店はCDを一切置かないで
LPレコードだけで頑張っている。
その気構えや、良しだ。


ただ問題は
そのプライドが値段にも出ちゃってることで
どうもちょっとばかし、いやかなり、強気なんですなあ。


もっとも
それは店主の愛する60年代のサイケデリックなロックや
ハードバップモダンジャズについてのこと。


おそらくあまり誰もさわっていないだろう
イージーリスニングのコーナーを探れば
それなりに掘り出し物は出てくるし、
ワールド系のアイテムも充実してる。


というわけで
ロックやジャズは買わない店!
と最初から決めていればストレスはない。


それにしても
この店主、
昼間っから何かあやしげなものをキメているのか
いつ訪ねても実にトロ〜ンとしているのだ。


何か話しかけてくるのだが
口元があわあわしていて要領を得ない。


ときどきあわあわと友だちみたいなのが訪ねてきて
ふたりであわあわ話していて
何だかよくわからないのだが
あわあわと話は通じているらしい。


その日の店主は
いつにもまして何だかとろろ〜んで
うれしそうににやけてカウンターに座っていた。


ぼくたちは
いつものように何枚かの掘り出し物と
「いいんだけど高いなあ、シャクだなあ」というレコードをまとめて
会計をしてもらうところだった。


店主はものぐさそうにレジに数字を一枚一枚打ち込み、
レシートを引っ張りだしてこう言った。


「○×○ドル」


クレジットカードでお願いして
カードを渡す。


よっこらせっと店主は端末にカードを通し
おぼつかない手つきで金額を打ち込んだ。


「サインして」


大江田さんがサインして渡すと
店主はにっこり笑って「あわあわあわ」と言った。
たぶん、あれは「サンキュー」だろう。


すると、どうしたのだろう。
大江田さんがレシートを持ったまま
しばらくじっとその紙切れを見つめている。


「どうしたんすか?」


覗き込む。
うわっ。


「大江田さん、さ! 行きましょ!」


すぐさまレコードの入った袋を持ち上げて
大江田さんの手を引かんばかりに表に出た。


そのレシート、
数百ドルと数セントと打つべきところを
小数点を間違えて
数ドルの会計になっていたのだ!


それは買付史上
最大のディスカウントでもあった。


「サンキュー、バイバーイ!」
「あわあわわ〜」


店主が笑顔でゆっくりと手を振るのが見えた。


ちなみに
そのお店の名前は
日本語で言うと「目がまわる」という意味でもある。


カート・ヴォネガットの傑作SF「猫のゆりかご」で
劇中に出てくる南洋の島に住むポコノン教徒が
人生の不思議さ、意外さを感じるときに言うセリフが
「目がまわる、目がまわる、目がまわる」だったことを思い出した。


あのあと、
店主が間違いに気付いて目をまわして
気絶しませんようにと祈ったけど。


ちなみに
その後もお店は
何となくマイペースでしっかり営業を続けている。(この項おわり)


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ハイファイで一番目が回るジャケのレコードを
用意してみました。(松永良平


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