Nat ナット / Nat!

Hi-Fi-Record2009-10-03

 ハワイの一大観光地ホノルルに行って、ハワイアンを聞こうと思っても、実はそうしたスポットは余り多くない。このところエコロジカルなトレンドも含めて、トラディショナルなハワイアンやスラッキー・ギターの演奏に注目が集まるようになったとはいえ、その種の音楽を常設している場所は、相当に限られる。


 そういう点ではアメリカの大都市の音楽事情と、あまり変わらないのかもしれない。例えばジャズについていえば、ホテルのラウンジでの仕事は、かなり古くからあった。1930年代には間違いなくあったとされるが、もしかするとホノルルにホテルが建設された20世紀の初頭から行われていたのかもしれない。観光客相手にジャズを演奏しながら、適度にハワイアンを混ぜ込んで弾いていたピアニスト、マーティン・デニーのような例を思い出されると、分かりやすいだろう。
 なお余談だがホノルルで年に一回開かれているジャズ・フェスティヴァルを聞きに行ったとき(なんと小曽根真とタイガー大越がスペシャルゲストだった)、アロハを来たジャズ・ファンのおじさまたちが、数千人は入る会場のロビーで、ああだ、こうだと口角泡を飛ばしながら熱心に語り合っている光景に出くわした際には、思わず興味深く眺めてしまった。地元に暮らすロコのジャズ・ファンが、すべて集まったのではないかと錯覚させるほど、それは盛大だった。
 ハワイには、おそらくジャズの水脈がある。

 
 ハワイのミュージシャンが、シンガー・ソングライター風の演奏をする時に、音楽がとても開かれていることに驚かされる。ギター一本片手にジャズ流儀の極上の演奏を聴かせるNatの「Old Plantation」を聞きながら、改めてそう思った。「Old Plantation」のような古いハワイアン・ナンバーには、ジャズの方法を用いたものも多く、それもまたこうして醸し出されるジャズ風味とよくなじむ所以だろう。
 適度なプライベート感と、適度なエンターテイメント感。音楽を自分のためにやっているという感じがないのは、おそらく聴衆を相手にする場所で長く演奏をしてきたキャリアのなせる技だろう。
 ハワイのレコードの多くには、資料などない。買ってみて、聴いてみることから始まる。そして、こうしてあれこれと想像する。
 こんな素晴らしい演奏を収録したアルバムと出会う偶然が、なによりも楽しい。(大江田信)



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