Andy Williams アンディ・ウィリアムス / Under Paris Skies

Hi-Fi-Record2009-10-06

The Cool School 70 レコードの切れ目は縁の切れ目


街で一番大きなレコード屋
少し離れたところに移転したと聞き、
大江田さんと駆けつけた。


引っ越した場所は
前よりもずっと治安が良さそうだったが、
前の店の地下に山ほど置かれていたレコードは
ぐっと少なくなっていた。


お店の中は整然としていて
CDの方がメインという感じか。
雰囲気はいいんだけど、
前と同じひとがやっているように思えない。


その疑問はしばらくして解けた。


カウンターで若い店員にあれこれ指図をしているのは
以前には見かけたことのない中年のおばちゃん。
平野レミさんを白人にしたような
はきはきとした態度が印象的だ。


「あれ、ひょっとして奥さんじゃないの?」
大江田さんが推測を口にした。
「でも、前は店になんかいませんでしたよね?」
ぼくは記憶の糸をたぐってみた。


あ……、そうか。


リコンしたんだ……。


「あなたたち、どこから来たの?」
そのときだった。
彼女の方からぼくたちに話しかけてきた。


日本からこの街にときどき来ていて
この店が引っ越す前にもよく訪ねていたんだと
大江田さんが説明した。


「オッケー。
 この店はあたしが亭主からもらったの」


その短い説明で事情がわかった。
この夫婦は離婚をした。
アメリカの離婚では夫婦の共有財産は折半が基本だ。
亭主は店を手放したんだ。


その割にはレコードがずいぶん減ったような気がする。


「これからはレコードの時代じゃないしね」


時代をわたしが変えるのと言わんばかりの態度で
彼女は言い放った。


「ポップでもいかが?」


彼女が勧めてくれたのは
音楽ジャンルの“POP”ではなく
炭酸ジュースを意味する“POP”だった。


レコードは数が減っただけでなく
扱いもぞんざいになっていた。
しかし、それはぼくらにとっては良いぞんざいさでもあった。
レコードの時代は終焉するという彼女の思想により
1ドルにしてはいけないレア盤が
バーゲン・コーナーにかなり埋もれていたのだ。


「結構買ってくれたのね」


彼女の上機嫌ぶりを伺ったすきに
分かれた亭主は今どこにいるのと訊いてみた。


「ああ、
 黒人街でまたレコード屋を始めたのよ」


そうか!
やつは頭がいい。


妻にはお店の権利とCDを与え、
山ほどのレコードの大半を彼が引き取ったのだ。
何故ならレコードは彼女にとって価値のないものだから!


ぼくらがそれを聞いて笑ったわけを
彼女は少しでもわかってくれただろうか。
レコード屋はレコードで生きる権利があるんだよ。


翌年、
その街を訪れたとき、
彼女はとっくに店を閉めていた。


亭主の店では今もぼくらは常連で、
彼女がどこでどうしているのかは知らない。(この項おわり)


===================================


アンディ・ウィリアムス
パリの旅情を歌ったこのアルバムで
アレンジを手掛けているのはクインシー・ジョーンズ


その起用は慧眼だが
ふたりのつながりを考えると意外な気もする。


おそらくその理由のひとつとして
クインシーが50年代後半にフランスに留学して
音楽修行を積んできたという経歴が
ものを言っているのだと思う。


マイケル・ジャクソンが亡くなったあと
テレビでコメントを述べている彼を見たが
まだまだ元気そうだった。


このひとのことが
最近かなり気になっているのだ。


自伝の邦訳が出ていて
読んでみたいと思っているんだけど
まだ手を付けていない。


今日、このアルバムを品出ししたのが
案外いいタイミングかもしれない。(松永良平


試聴はこちらから。