Ann Richards With The Bill Marx Trio / Live... At The Losers

Hi-Fi-Record2009-10-13

The Cool School 73 のろのろ地獄 その2


思いがけないシングル盤が眠っているに違いないと
知り合いに教わったレコード屋にやって来たものの、
どうも店主らしき男は
想像以上にのろまらしい。


「ウェール。
 で、お探しの曲はグレン・キャンベルの何だったっけ〜?」


彼が持ってきたのは
キャピトル・レコードのシングル・リストの
「C」のカタログだった。
アメリカの分類はラスト・ネーム順になっている。


ぱらぱらとめくられるその帳面を見ていて
驚いた。


なんとそれは
すべて手書きだったのだ。


キャピトルの「C」だけでもこんなに厚いのに、
他のレーベルのものもすべて同じようになっているのだとしたら
大変な労働量だ。


「ねえ、何て曲でしたっけ〜?」


あらためて訊かれて、
ハッと我に返った。


「ゲス・アイム・ダム」だと告げると
彼はようやくそのページを探り当てた。
ここまで20分ほどかかっただろうか。


「ウェール。ないね〜。
 20年前に2ドルで売れてますね〜」


がーん。
それってぼくにこの店のことを教えてくれた知り合いが
買ったときのデータそのままじゃないか。


それにしても
シングル盤だけで長年の営業をまかない
あれほど分厚いデータも持っているこの店のイメージと
この男の
殺意を覚えるほどほがらかなのろさが
全然釣り合わない。


ものは試しだ。
ちょっと訊いてみよう。


「このノートはあなたが管理してるんですか?」


「いいえ〜。
 これはぼくの亡くなったパパが残してくれたんです〜。
 これがあれば大丈夫だからって〜」


そうなのか!
それでわかった。


この店は彼の親父さんが
生前に作り上げたものなんだ。


親父さんは
かなりのシングル蒐集家と言うよりも
レコード販売の中心がヒット曲のシングル中心だった時代の
「あの曲をちょうだい」というお客さんのリクエストにこたえるという
伝統を守った店作りをしたのだ。


そして
おそらく父親が亡くなってから
息子である彼が店を継ぎ、
7インチ・レコードを新品で買う層はいなくなり、
コレクターやディーラーたちの時代になり、
彼がのろのろと対応をしているうちに
いつしか珍しいレコードばかりが店から巣立って行ったのだろう。


でも待てよ。
もし彼がしゃきしゃきとしたいい男で
しかしレコードには無知なタイプだったら
ディーラーたちの頼みに応じて
どんどんレコードを箱ごと出したり
倉庫を開放したりして
もっと早くにこの店は抜け殻になってしまっていたかもしれない。


そういう意味では
彼の度を超したのろさは
そのおかげで店を守っているのかもしれない。


……なんてね。
例によってこれはぼくの勝手な妄想。


現実のぼくは
どうしたか。


その後、30分ほど粘って
ペイシェンス&プルーデンスの7インチを2枚ほど出してもらった。


それは決して2ドルなんかじゃなくて
高いから売れ残っていたんだろうけど、
この店の今は亡き親父さんと
その息子である彼に敬意を評して買うことを決め、
悪夢には違いないけど
何となく後味さわやかに店を出たのだった。


あれから数年経つけど、
その店は
今もある。


きっとあそこでは
通常の10分の1以下で時間が流れてるからだろう。(この項おわり)


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ある外人ピアニストがハイファイを訪れ、
このレコードを手にした。


彼はぼくに笑いながらこう言った。


「いいか、
 このレコードでピアノを弾いてるのはハーポの息子だ。
 でも、やつよりこのアン・リチャーズの方が有名だった。
 だから、どうなったと思う?
 このライヴでビルはほとんどソロをとらせてもらってないんだよ」


そんなドラマがこのアルバムにあったのか。
目からウロコがポロリンと落ちました。(松永良平


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