Leon Bibb レオン・ビブ / Cherries And Plums
その店のトイレはことさら広かった。ジョン・レノンがピアノの前に座った特大のポスターなどが壁に乱雑に貼られ、数年前に送ったハイファイのクリスマス・カードもはがされずに残っている。
レコード屋のトイレには、様々なものが置いてあるものだ。通販用の段ボールがあったり、レコードを詰める箱があったり、スタッフ別に整理された歯ブラシやマグ・カップが置かれていたこともある。セクシーな女性ジャケが集められ貼られているというのも、定番の一つだ。
久しぶりに大漁だった。たぶん100枚以上は買っただろう。値段ごとに分けられ、レジ近くの床に置かれたレコードを見ながら、店主に箱をもらえないかと頼んだ。そうだね、いいよ、と彼は店の奥のスペースに入って行く。そして若いスタッフがあたりにいないことを確かめると、トイレの中か?と声をかけた。ドアの向こうから、そうです、と声が返って来る。時間はかかるのか?ちょっとかかります。そうか、箱が必要なんだ。2つ。目をつぶっていろ、オレが中に入るから。
えっ?と驚いて、ぼくはことの成り行きを眺める。逆じゃないの、店主のあなたが目をつむるん必要があるんじゃないの?と思っていると、今一度、主人は「Close your eyes!」と声をかけた。
若いスタッフの彼は、おそらく最近になって勤め始めたのだろう。見慣れない顔だった。倉庫兼事務室に置かれたコンピューターの前にずっと陣取って、通信販売の仕事を専門に受け持っている。
レコード屋のスタッフには、いろいろな仕事が待っている。コンピューターが苦手な店主のために、おそらくその種の仕事の多くを、彼が引き受けているのだろう。
格別に急いでもいないのだから、用事が終わるまで待っていてもいいよと声をかけようとしたら、トイレのドアが開いた。
せっかちな店主のことだから、同様の場面も一つや二つじゃないに違いない。この道数十年の店主から教わるべきことは、彼にはまだまだ山ほどある。トイレの中で目をつぶるのも、彼の仕事のうちなのだ。
昨日のブログで松永クンが書いていた店での出来ごとだ。
そういえば、このアルバムが棚にあった。ちょうどフォークのレコードのディスカウント・セール中だった。
どうして、ボクはこんなことばかり覚えているのだろう。(大江田 信)