Cleo Laine And Dudley Moore / Smilin’ Through

Hi-Fi-Record2009-11-03

The Cool School 82 彼の弱点


アメリカ人の年齢は見た目ではわからないもので
ぼくよりもずっと歳上に見えるそのディーラーは
訊けばぼくと同い年というではないか。


もっとも
アメリカ人に言わせれば
日本人の歳こそ
見た目ではなかなかわからないってことになるんだろうけど。


街はずれの
ちょっとした森の中と言ってもいいような家に
そのディーラーは住んでいた。


彼が委託でレコードを置いていた店を
ぼくたちが偶然に訪れたのが
付き合いの始まりだった。


ごくごく一般的な街のCDショップの奥に
明らかに場違いな
奇妙なレコードやレア盤が売られていた。


壁には
「もしこのレコードが気になるなら、コンタクトはこちら」と
素っ気無い貼り紙がしてあった。


それならばと連絡をすると
「家に来いよ」という話になったわけだ。


家の中は多少雑然としてはいるものの
アメリカ人の土足家庭としては標準クラスか。
奥の部屋にレコードの棚があり
数千枚がきちんとアルファベット順に並んでいた。


「プライベート・コレクションも混ざっているけど
 買いたければ抜いていいよ。
 値段は応相談だな」


ちょっと挑発するように彼は言った。


サイケとアシッドフォークと
フリージャズとサントラと。
アメリカ人のレコード・ディーラーの
基本スペックと言うべきコレクションを
彼もまたきっちりと押さえていた。


何枚か抜いて交渉してみると
ほとんど彼はOKしてくれた。
値段もフェアだ。
どうやら彼のコレクションの本線と
ぼくたちのピックアップは
ちょっとだけズレていて
商談としてはうまい具合に噛み合っているらしかった。


あ。


小さな声を挙げてしまった。


ダドリー・ムーアの「ビダズルド」があった。
しかも、これ、
ピカピカじゃないか。


ところが、
そのレコードを抜いて見せると
今までは余裕しゃくしゃくだった彼が
少し困った顔をして
もぞもぞしている。


どうしたんだ?


「いや、
 おれはこれを売るのはかまわないんだけどさ」


はずかしそうに
彼は両手を広げた。


「おれの奥さんが
 このレコードが大好きなんだよ」


おまえ、
ビジネスマンだろ?
商売にそんな理屈通るのか?


……なんて、恫喝はしない。
コワモテで超マニアックなディーラーである彼が見せた思わぬ弱みに
ぼくたちも呆気にとられて
笑ってしまった。


「ふはははは」


彼もつられて笑った。
そして、次の瞬間こう言った。


「いいよ、持ってけ。
 そのかわり、安くないぜ。
 奥さんに怒られる分が入ってるからな」(この項おわり)


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今、ハイファイにある
ダドリー・ムーアはこのレコードだけだった。


コメディアンで役者で
ピアニストとしても優秀な彼。


音楽だけに専心していれば
どれほどの傑作をもっと生み出したかわからない。


しかし、
コメディアンで役者で音楽家でもある彼だから
こんな洒落たお膳立てが出来るのも確か。


「ストリクトリー・フォー・ザ・バーズ」は
ラブリーでさりげない彼の真骨頂のひとつ。(松永良平


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