Julius Wechter And The Baja Marimba Band / Fresh Air

Hi-Fi-Record2009-11-08

The Cool School 84 におい


周囲が抱く健康的なイメージとは裏腹に
その街のダウンタウンの治安はあまり良くないという話は
なんとなく知っていた。


ネタ元は
行きの飛行機で読んだ推理小説なんだけど、
結構そういうところに出てくる街の描写が当てになることは
買付に何度か行くうちに実感として覚えた。


季節は初夏。
ダウンタウンにほど近い
すすけた通りにある入り口のくらい店だった。


それほど広くない店内は
一応レコードで埋まっていて、
時間を使う価値はありそうだと
ぼくと大江田さんの意見は一致した。


とりあえず端の方から見始めたそのときだった。


異様に着膨れをした老人が入り口に現れた。
そして、つつつつっと店内に滑り込むと
バターンとレコードの棚に向かって倒れ込んでしまったのだ。


いやあビックリした。


いきなり老人が倒れたからだけじゃない。
その倒れた体から
土ぼこりとともに猛烈なにおいが沸き上がったからだ。


ぐぉ!


それは
なかなか現代社会では嗅ぐことの出来ないにおいで、
いわゆる“鼻が曲がる”という類のもの。


た、た、たすけて!


いや、このじいさんを助けるべきなのかな?


おろおろとうろたえるばかりのぼくたちを尻目に
店主と思しきおやじは
カウンターから動こうとしない。


明らかに
「よけいなトラブルに巻き込まれるのは御免だね」と
その顔に書いてあるのがわかった。


ただ、
倒れている老人も堂々としたもので
苦しんでいるのかと思いきや
「むーん」とうなりながら
ぼりぼりと気持ち良さげに顔を掻いたりしている。
どうやら、確信犯で涼みと休憩に来たらしい。


ああ、今あんたがいるあたりは
ぼくが後で見ようと思ってたところなんだけどな……。


ぼくと大江田さんのどちらが先に音をあげたのか
よく覚えてないのだけれど、
ふたりともほうほうのていで店から逃げ出した。


じいさんと店主は
あの後も根比べを続けたのかな。


そう言えば
入り口の上の壁には
硬派な女性フォークシンガー、バーバラ・デインの
「I Hate The Capitalist System(わたしは資本主義が嫌い)」が飾ってあった。


大江田さんは
「ああ、あのレコード買いたかったな、買いたかったな」と
繰り返しぼやいていた。


そのぼやきは
しばらく続いたはずだ。(この項おわり)


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“いいにおい”についてのレコード、
これしか思いつかなかったなあ。(松永良平


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