Bo Diddley ボ・ディドリー / Bo Diddley And Company

Hi-Fi-Record2009-11-24

The Cool School 91 あやうく燃えるような買付


何度か訪れるうちに
必ず現金払いを続けてきたら
アメリカ人の店主は現金払いを喜ぶ)、
少し打ち解けてきた東海岸の名店の店主が
「よお、うちに在庫を見にこないか」と誘ってくれた。


値段も品揃えも
この街随一の店からのお誘いだ。
ことわる理由はない。


太っちょの店主は
愛想がないわけではないんだが
非常にクールでさっぱりした性格らしく、
なかなか会話が密に入ることがなかったのだ。


明日の昼においでというので
わくわくな気分で出直した。


翌日、
店に着くと
「ここからはちょっと遠いんだ」と彼は言い、
ぼくたちの乗ってきたレンタカーで行くことになった。


「ややこしい道だから」ということで
運転席には彼が乗り込んだ。


すっかりいい気分になっているぼくたちは
彼の運転に身を任せながら
世間話に花を咲かせた。


「おれは本当はクラシック・ガイなんだ
 だからコンディションにはうるさいのさ」と彼は言った。


ジャンルのうしろに“ガイ”を付けると
それが好きなやつ、それが得意なやつというような意味になる。


「この街には
 野球とバスケのプロ・チームがあるんだが、
 野球はもうずっとダメだね。
 バスケは今年は調子がいいよ。
 いい線いくんじゃないかな」


ふうん、と
彼の話を聞いていたら、
何やら車の中が焦げくさくにおいだした。


「何だろ?」
「近くで火事ですかね?」


後部座席に座る大江田さんと
あたりを見回した。
天気のいい午後で
まわりでそんなパニックが起きているような雰囲気はない。


そのうち、
窓の外に黒煙がもうもうと上がりだした。


「うわ! 火事はおれたちだった!」


大変だ!
いろめきだつぼくたちに対し、
店主は「あれ?」とおかしな顔をして
座席の脇にあったレバーをガチャリといわせた。


「あー! こいつ、
 サイドブレーキかけっぱなしじゃんか!」


大江田さんが日本語で大声を出した。
サイドブレーキと前輪がこすれて
黒煙をあげていたのだ。
もしあのまま走っていたら、
タイヤが焼け焦げておおごとになっていた。


「まったくもー! 頼むよー!」
さすがにその抗議は伝わったようで
「すまん、すまん」と彼はぼりぼり頭をかいた。


彼の家に着いても
大江田さんはしばらくレコードそっちのけで
タイヤに支障が起きていないか心配そうに点検をしていた。


それを申し訳なく思ったのか
ぼくたちが抜き出したレコードに対する彼の値付けは
おどろくほど安かったような気がした。


その後は
お店で彼にあいさつしても
「うちに来いよ」と誘ってもらえてないのがちょっと残念だ。


ちなみに
あやうくぼくたちが黒焦げになりかけたその街の
野球チームは
その後、ワールドシリーズの常連チームに変身した。(この項おわり)


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ボ・ディドリーをニューヨークで見たのは
10年前の秋。


そのときの前座は
何故かジョン・ホール・バンドで
ロビー・デュプリーがハーモニカを吹いていた。


「ダンス・ウィズ・ミー」の次に盛り上がったのが
ジャニス・ジョプリンが採り上げた「ハーフ・ムーン」だった。


その後に出て来た
ボのバンドでは
やはりリズムギターは女性が勤めていた。


彼の何十年も続いた伝統を
その目で確認する作業が出来たことがうれしかったことを
よく覚えている。


そう言えば、
あのときのドラマーは日本人男性だった。
あのひとは今どこで何をしてるんだろう?(松永良平


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