Ned Doheny ネッド・ドヒニー / Hard Candy
ウエスト・コースト・ロックという表現がある。
1970年代、カラッとした軽やかなサウンド、シンガー・ソングライター、あるいはバンドのサウンド。こうした事柄に共通する音楽。ああ、忘れていた。なによりもアーチストの自主性が尊重され、自由な空気が横溢している音楽。
ウエスト・コースト・ロックという言葉には、今だに失われることの無い輝きがあるように感じる。
例えばこのネッド・ドヒニーのジャケットが表出してる気分。
サウンドもその通り、太陽のまばゆさと、夕暮れのほのかなレイジーさを伝えている。
ウエスト・コースト・ロックを語る名盤にして、名ジャケットのひとつ。
それにしてもウエスト・コースト・ロックの"ウエスト・コースト"とは、どこからどこまでの地域を指しているのだろう。
かつてアメリカに買い付けに行くようになる前まで、太平洋に接している地域から生まれて来るロックのことを差しているのだろうとは何となく思っていた。
買い付けに行くようになって、まず、ウエスト・コーストとにはカリフォルニア、オレゴン、ワシントンの各州があることを知った。
これらの州は、とにかく広い。4つの州を縦断するのは、並大抵じゃない。
その広さを実感したのは、サンフランシスコからロサンジェルスまでを、車で移動した時のことだ。
ロードマップを見ると国道5号線を、6時間も南下すればロスにたどり着くと書いてある。
移動の同日は、遅めの朝食の後にモーテルを出発した。途中まで5号線を走るうちに、なんだか味気ない気がして、それも砂漠の中を走ったりして風景に変化がないことに飽きてきたからで、途中から海沿いの101号線に下ってロスを目指した。
101号線に向かう道すがら、廃屋になったガソリンスタンドがあった。
スタンドの前は、十字路になっている。ぼんやりとそこに立っていた。廻りは360度を見渡せる平原だ。10分ほど立っていたが、車も通らず、人家も無く、人の技を残すものは、廃墟となったスタンドの建物だけ。
電話がポツンと残されている。25セント・コインを入れてみると、ツーツーという音がした。まだつながっている。
他に音を出すものは、何も無かった。シンとしていた。
不思議な気持ちになった。
6時間でロスにたどり着くなどどんでもない。昼前にサンフランシスコの市街を抜けたにもかかわらず、我々を乗せた車がロス郊外、サンタモニカのモーテルにたどり着いたのは、もう夜のとばりがすっかりと落ちた後だった。
サンフランシスコの音楽とロサンジェルスの音楽をひとくくりにして論じるのは、どこか無理があるに違いない、そのときに体で実感した。
同時代を生きる若い世代をつなぐ音楽の糸は、この二つの街の間にも、確かにあったことだろう。しかしサンフランシスコとロサンジェルスとで生まれた音楽を、ひとつのテーブルに載せて安易に論じてしまうと、何か大事なものが抜け落ちる。そう思った。
とにかく、遥かなほどに遠い。
二つの街の間をつなぐ道筋には、永遠が見えるほどの平原が広がっていたことが、余計にその思いを強くさせた。(大江田信)