Jack And Julie ジャック&ジュリー / Yours Truly

Hi-Fi-Record2009-12-06

The Cool School 96 They care for records nobody buys


西海岸にあるその店は
かつては都会の激戦区で営業していたのだが、
超大型店舗の進出が決定した数年前に
自ら白旗を揚げてちょっとへんぴな場所にわざわざ越したのだという。


まるで災害から身を守る動物のようなその回避行動が
功を奏したのか、
かつてのにぎわいこそ薄れたが
今もこの店は健在だ。


レアなレコードで競ってるわけではない。
コンディションの良いレコードを
買いやすい値段で並べている。
そしてときどき何故こんなものが? と声をあげたくなる
ヘンな趣味のレコードが混ざっている。


そのときどき現れるヘンな感じは
この店の店主にも共通している。


日本人の血筋を持つ彼は
少年時代の数年を日本で過ごした。
だから日本語を結構わかる。
もっとも住んでいたのはもう40年近く前だから
すらすらと単語が出て来るわけじゃない。


基本は英語で会話していて
ときどき単語の切れ目から思い出したように
「それはあなたとわかりますか?」みたいな感じで
日本語がするするっと漏れだしてくる。


その雰囲気の
ナチュラルなヘンさも含め
彼の行動全体に
おおらかで自分らしさを崩さない
ゆったりとしたしたたかさがある。


つまりオフビートなのだ。


会計の合間に
彼にいくつか質問をするのがいつもの定番。
お店に何時間かいるから、
そのころにはもう
英語と日本語はお互いにちゃんぽんになっている。


激戦区からこっちに越してきて
どう変わった?


「レコードは前よりは売れない。
 でも、ぼくが来るまでこの街には店がなかった。
 だからレコードを売りたいというひとは
 自然とぼくの店に集まる。
 それはよかったね」


最近、日本人ディーラーは結構来てる?


「来るけど
 彼らは本当にレアなものとか
 クールなものしか買わない。
 ほら、ぼくの店、
 そういうのあんまりないでしょ。
 だから、たいていは10ドルとか30ドルぐらいしか使わない」


そんな店で
ぼくたちは毎回その何十倍も使ってるんだけど。


「ぼくはぼくがいいと思ったものしか仕入れてないから。
 ときどきは
 ぼくだけがいいと思うもの、
 他の誰も興味ないようなものも入れる。
 でもそれはぼくが好きで買ってるから、それでいい」


最後の答えは
質問とあってないような気もしたけど、
彼の語ったそのポリシーはぼくたちの胸にじーんと響いた。


支払いを終え、
レコードを持って出ようとしたときだった。


「ぼくの知り合いのディーラーが近所に住んでて
 今日家に彼がいるなら
 きみたち買うものあると思うけど」


ぼくたちに異存はなかった。
是非うかがわせてもらいます。


彼は携帯電話をかけて
今度は流暢な英語で話し始めた。


「あのさー、
 日本人ディーラーがふたり、今店にいるんだけど今日空いてる?」


電話の向こうでは
ぼくたちが何を目当てにしたディーラーか気にしているようだった。


「うーん、そうだな、
 他の日本人が誰も買わないようなレコードばっかり
 たくさん買ってくれる連中だよ!」


おい!
思わずツッコミを入れそうになってしまった。
でもきっと
あれは彼からぼくたちへの最大限の褒め言葉だとわかる。


だってさ、
彼が語った「ぼくだけが好きなレコード」って
「誰も買わないレコード」と同義語でしょ?(この項おわり)


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いつだったか覚えてないけど
このレコードも
彼の店で買った記憶がある。


レコードはただ店の中に偶然にあるのではない。


意志を持ってそれを仕入
売っている人間がいるのだということを
こういう静かで地味なレコードほど
雄弁に教えてくれる気がするのは何故だろう。(松永良平


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